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所長先生のお言葉

もうすでに40年近く日本に住んでいた。最初は、留学からのスタートだった。一九八〇年代、国家機関で働いている中国人、いわば国家公務員が自費留学を希望すると、一般的に「停薪留職」の手続きで処理される。つまり給料は支払わず、後に職場への復帰は可能。当時、ぼくは中国社会科学院哲学研究所に勤務しているから、この手続きに従い、「職位は三年間残留可」と明記された申請書に記入した。 今でも、三年目になった時の国際電話を受けたことをよく覚えている。それは、所長先生が直接北京から掛かってきた。

    • インパクトのある訪日遊学

      コロナ禍が明けてから、もともと盛んだった中国からの「遊学ツアー」が今、再び活発になっている。ぼくがこれまで講師として何回も招かれていたから、みなさんの情熱と期待を感じることができる。日本のメディアから見ると、遊学ツアーの意義は「爆買い」と比較すれば、それほど面白くないかもしれないが、実際のところ、その実情がわかりづらいというのも事実のようだ。 遊学ツアーのメンバーたちは、ほとんどが企業経営者で、その多くは日本を複数回訪れた経験がある。一般的な人気観光地もすでに訪問済み、美し

      • これこそ、時空の逆転だ!

        北京から神戸に戻ってきて間もなく、急いで東京の会議に出かけた。日帰りの上京で、時空がまるで逆転しているかのような感覚があった。それと同時に、様々な場面の切り替えが魔法のように感じられた。 東京と北京、両方に「京」という文字がある。個人的な経験からすると、それぞれが演じる身体的な感覚はまったく異なっている。当日朝早く、東京は大雨だった。昼には北京大学時代の同級生たちと約束通りに会食した。 場所は赤坂見附の日本料理店。どうやら田中角栄が外国のお客さんをもてなした場所だったらし

        • 4年ぶりの北京

          1ヶ月連続して2回も北京に戻ってきた。ここ4年間は北京に一度も戻れなかったことと鮮明な対照を成し遂げたことになるが、いささか穏やかではなかった。 印象に最も強く残ったのは、電気自動車が街中に溢れていることのほか、どこでもデリバリーがあることだ。双井の楽成中心の食堂街や望京の大型ショッピングモールのレストランに行っても、ほとんどすべての飲食店の受け取りカウンターには店内の客の人数よりも配達用の袋が多く置かれていたから、その光景から生まれる雰囲気は、時には少し不気味な感じさえす

        所長先生のお言葉

          北京・北京

          4年ぶりに北京に戻ってきたことが心情的にとても重い。亡き母の遺品を毎日整理していたときは、目にしたもの、考えたこと、時には思いがけない発見もあり、時空が逆転したような気がする。時に母を見、時に自分を見るような感覚でさえあった。 愛する父は2010年に亡くなった。書斎でぼくを抱いている写真)を大切にしている。 当時、わが家族は朝陽区永安南里に住んでいた。なぜ美術館に行ったのか全く覚えていない。しかし、その写真は母によって撮影されたため、晩年になってそのことについて、しばしば私

          北京・北京

          魅力的な講義と生声

          講義は実に楽しいものだ。これは教員個人の好みに基づいている。大学生の時代に教員が大講堂で歩きながら講義をするのは、わりと好きだが、座りっぱなしでも身振り手ぶりが豊かな教員もいる。 45年前、北京大学で学んでいた。大講義があり、ソシュール著『一般言語学講義』というもので、階段教室は見応えがあった。ぼくはその当時、いつも教室の中央に座っていた。教員が歩き回りながら講義をする全景が見えるからだ。その歩行は均等で、左に2~3メートル程度歩いた後、必ず右に2~3メートルぐらい歩くのが

          魅力的な講義と生声

          早めの春節プレゼント

          近くのお寺で友人の僧侶とバッタリ会ったから、ご挨拶に伺った。中国が大好きだから、春節が近づくといつもニコニコ。可愛い僧侶だ。ただ、ここ数年、コロナ禍もあって、大学の研究室に籠って本の執筆に追われたりしたから、早朝から夜遅くまで外出ばかりで、家にいることはめったになかった。今回こそ、春節の前にきちんと挨拶をすることは一つの礼儀であろう。 僧侶は相変わらず、とてもお元気だ。早朝、すでに鐘を打ち、朝のおつとめを終え、弟子の僧侶たちと少し酒を飲んでいた。眠気が強く、ぼくと話しながら

          早めの春節プレゼント

          日本語の静けさ

          日本語は室内にもっとも適した柔らかい言葉ではないか、最近何となくそんな気がする。部屋の中に静かに語りかけるには少なくとも英語や中国語より発達しているように思えるが、いざ公衆の前に講演を行うと、日本語が不向きであり、とにかく弱いものになる。 人間は言葉で表現するときに、その多くは相手を前にして独白か、もしくは会話を続けなければならない。静かにしゃべればしゃべるほど、言葉の含蓄も大きいように感じられる。勿論、個人としてはこういう日本語に違和感を持っているわけではない。ただ、機会

          日本語の静けさ

          ロングヘアを日本語でいえば

          今から25年前、日本語で旅行記を書くために、1年以上かけて日本各地を旅した。 出版ジャンルからすれば、「紀行文学」と呼ばれるものになるだろう。 実は最初から日本語で書きたくなかったが、振り返ってみると、母国語以外で書くことに火をつけてくれたのは、当時の編集者の池田さんだった。「日本語で書けて、しかも外国人の毛くんなら、過去や未来のことではなく、リアルタイムの今を書いていることになりますから、最大のセールスポイントですよ」と言われた。そして、彼はさらにいう。「物語は3割、日本語

          ロングヘアを日本語でいえば

          晴れやかな表情が運をあげる

          三十年以上も神戸に住み、仕事をしてきた。人生の大部分はこの地と結びついているから、生まれ育った北京を完全に凌駕したことになる。とはいえ、中国と日本は近い隣国だ。疫病の流行期を除けば、今は簡単に行き来できる。 一時帰国し、空港で入国する際、パスポートにスタンプすら押されていなかった。画面をタッチするだけでスピーティ通過。なんら違和感もないが、ただスタンプが押されたままになっていないか心配になり、国境警備隊員に尋ねたこともあった。結果、その人は何も言わずに微笑むだけだった。その

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          桜舞う季節が待ち遠しい

          まだ、早いようだが、街中にチラホラと桜を連想するイメージの広告が出るようになった。確かに、初めて日本にきて桜をみた時は驚いた。 満開の花だったのに、その直後に豪雨に遭い、瞬間的に桜のその輝きが全て失った。ため息をつくしかなかった。桜を初めてみる人々にとって、ある種の衝撃であろう。 今年も例年通りに花が咲く季節がやってくる。桜のことを書くのも一つの慣例になっているから、それこそ湧き出す感情はない。ただ、なんとも奇妙なことに、日本に住んでいると、桜に対する感覚が逆に薄れはじめ

          桜舞う季節が待ち遠しい

          ネコとチョコ、恋しいクマちゃん

          もうすぐバレンタインデーだ。愛猫クマちゃんが亡くなって以来、妻と一緒に猫の形をしたチョコレートを買って、それを持って仏壇の前で香を灯し、あの子を思い出す。クマちゃんが生きていた頃、チョコレートを食べるぼくを見ると、まるで自分で食べているかのように真剣に見つめていた。口もぼくを真似してパクパクと動いた。そして、原稿を書いているぼくを見るクマちゃんの様子もまったく同じで、まるで自分で原稿を書いているかのように真剣に見つめていた。 今日もぼくはクマちゃんのために原稿を書き続けてい

          ネコとチョコ、恋しいクマちゃん

          ときどき記憶の中に出るカフェ

          北京から日本に移住して約40年が経ち、その間引っ越しなどは多くなかった。妻もぼくと同じく北京出身で、数年遅れて日本にやってきたのは、彼女がベルリンで留学していたためだった。ベルリンの壁崩壊の歴史の瞬間を身近く経験した。 彼女が日本に来る前、ぼくはベルリンに行き、彼女の行きつけの小さなカフェも訪れた。その時は夜で、われわれ以外にもアジア系の少年少女がいた。無言で、女の子はずっと涙を流していた。何が起こったのかはわからなかった。妻と二人で今後どう進むかを話し合っていた。ぼくがベ

          ときどき記憶の中に出るカフェ

          中国語専攻の学生におくる言葉

          みなさんと一緒にちょうど一年間中国語を学んできました。合計で十二のレッスンを勉強し、各レッスンには二十五の練習問題がありました。それを合計すると三百の問題を解きました。これらの問題はすべて、中国語の検定試験から厳選され、試験の出題の手法を理解するためであり、正しい中国語を習得する上で確実に積極的な効果を発揮するものだと思います。 この一年間、お疲れさまでした。「中国語を学び、中国を理解する」というのは、語学の教育現場に携わる人間として、これまで長年間にわたって持ち続けてきた

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          盲導犬

          初春のある日、例年どおり地元の税務署まで確定申告に行った。例年どおり人が多く、行列ができていた。列の前のほうに一人の女性と盲導犬が並んでいる。犬は水色のポーチを背負っていて、そこにはご主人の名前と緊急の場合の電話番号が記入され、大きな字で「お仕事中です」と書いてあった。 盲導犬は主人の傍にぴったり寄り添ったまま進んでいく。狭い場所でも彼女に忠実についていくのだろう。順番がきて税務署の職員が大きな声で彼女に申告書の説明をし、彼女が時折質問する。口を開くたびに盲導犬は彼女を見上

          幸福感はどこから来るのか

          新年が始まると、元旦の日に石川県で大地震が発生し、翌日には羽田空港で飛行機の衝突による大規模な火災が発生したという異例の事故が起きた。これは460キロ以上離れた二つの出来事で、前者は自然災害であり、後者はヒューマンエラーだ。これらは両方ともソーシャルメディアで常にトレンド入りを果たすほどの大きな話題になった。 2024年は最初から非常に暗い雰囲気に変わった。しかし、実際には、われわれの生活には常に変化があり、古くからよく言われているように「行雲流水」。すなわち、生命は常に変

          幸福感はどこから来るのか