春暁
死ぬ前の数日のことは憶えていない。
ほとんど、人間らしく生きていなかったから。
深夜まで仕事をして、シャワーを浴びるためだけに家に帰り、また会社へ戻る。
どっちが家なのだろう、と、思わず口が歪む。おもしろくなんてないのに。
記憶を辿ると、すべて春だった。
春に生まれ、春に堕ちる。
生温いミルクティーの味がぼやけている。
花粉症、淡い色、
世界はずっと、白んでいる。
夜明けがそこまで来ているのに、いつまで経っても朝が来ない。
大通りの桜並木。
まだ少しひんやりする風とともに散る花びら。
視界が悪い。
忙しすぎて、おかしくなっているだけだろうか。
春は始まりの季節なのに、いつもいつも不安だ。
何もかも霞んでいく。
ああ、遠い、な。
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