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【感想文】村上春樹「猫を棄てる」

 私は村上さんの小説、例えば「国境の南、太陽の西」「ねじまき鳥クロニクル」「海辺のカフカ」などを読んだ時に、作中に出て来る登場人物達が感じている感覚と私の心の奥底にある言葉にできない感覚とが共鳴する喜びを感じることがあります。それらは、どちらかというと、現在進行中である私の人生の物語における共通感覚であり、空想世界での体験とも言えます。

なので、この体験はどこか錯覚が伴い夢を見ているようなものだと思います。しかし、今回、この「猫を棄てる」を読んだ時は、私が生きている現実世界、つまり「いま、ここ」でおきていることに直面させられる体験でした。例えるなら、これまで、自分が読んできた村上さんの作中の登場人物達の無意識につながる暗闇を掘り進めて行くその先に、突然、それらの源泉とも言える眩しい光によって、夢から醒まされる感覚です。

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 私は精神科クリニックで精神療法をしています。7.8年前のことですが、疎遠だった父と20年ぶりに会うことがありました。父は70歳でした。当時、私の勤めていた精神科病院が、引きこもりの人達の支援で名が知れていることを調べ、「お前が、そんな仕事に就くとは思わなかった。これは何かの縁だから話しておきたい。当時は引きこもりとか、躁鬱病とかそんな言葉はなかったが、俺はそういう状態だったかもしれない。」と言い自分の生育歴を話してくれました。私は普段の仕事でしているように父の話を丁寧に聞き取りました。

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 私の父は、経営者で政治家でもあった祖父の7番目の末っ子で6番目の姉と共に妾養子として引き取られました。6番目の姉と共に実母は知らされなかったそうです。家族のしがらみや祖母からの恨みと言った、祖父をめぐる家族関係の心理的断絶、資本家階級の子供として、大阪の下町の小中学校に入った時の不適応、祖父母の束縛から逃れるために、何回か家を飛び出し自衛隊に入隊させられ、そこから逃げ出してた体験。今でいう鬱の症状による睡眠障害に苦しみながら、昼間寝て夜に活動する生活を続け、なかなか普通の集団生活になじめませんでした。

 引きこもりがちな生活を母と結婚して私が生まれた後も続けていました。それでも、祖父の元を飛び出し、小さな沖縄専門の旅行代理店を立ち上げ、東京へ支店を作り、家族4人を育てあげました。その後、母と離婚し、現在一人で生活している父の話は、鬱に落ち込み活動を停止することを防ぐために、テンションを上げて、躁状態で走り抜けたエピソードでした。

 これまで、強がりや自慢話しかしてこなかった父から、はじめてトラウマとも言える物語を聞いた時、私が、なぜワーカーホリックの様に、精神疾患を抱える人達の支援に囚われていたのかを理解しました。私も父のトラウマを引き継ぎ、躁的に走り抜けていたのかもしれません。

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 こんな想い出を想起した時、村上さんの父が戦場でどのような気持ちで俳句を書いていたのかについて想いを馳せることができました。また、村上さんが生み出す物語の中に、村上さんが父から引き継いだトラウマの物語が地下深くにある水脈を流れていることを連想しました。
 
 私の仲間に戦争を語り継ぐワークショップというグループを定期的に開催している集団精神療法家がいます。彼女が書いているのは、そこに集まるメンバー達の間で、彼らの親の世代が戦争体験者だったり、親戚の戦死などは家族に話さないことが話題に取り上げられることが多いとのことでした。 

 また、このように直接戦争体験を聞いたことがないという話や被害のトラウマは語られても加害のトラウマはさらに語ることが難しいとも聞きました。確かに、通常これらトラウマの物語が語られると「忘れてはいけない」という気持ちと、考え続ける苦痛を回避するために切り捨てて前に進もうとする気持ちの葛藤が垣間見られるものです。


 その一方で、私は自身が参加した集団精神療法の中で、語られないトラウマを引き継いでいて、それらが語られることで断片化されていた物語が繋がり、集団全体があたかも多様な感情を抱える器となって、これまで固まっていた心がほぐされるという体験をしたことがあります。
 
 また別の集団精神療法家は、個人に無意識がある様に、個人が集まる共同体、即ち社会にも無意識が存在するという社会的無意識について話しており、例えば、第二次世界大戦におけるナチスドイツや日本の韓国、中国大陸への侵略、広島、長崎の原爆投下されると言った共同体共通のトラウマ体験を集団が世代間で引き継ぎ、反復しているという考えです。しかも、そのトラウマの記憶は語られない状態で、まるで繭のようなカプセルに詰められて引き継がれるというのです。


 私は1969年生まれで、オイルショックの頃に幼少期を迎えました。高度経済成長を駆け抜ける父の庇護のもと、成長し、大学卒業後にバブル崩壊、神戸の震災、地下鉄サリン事件、東日本大震災を経験しています。私が所属している日本という共同体も傷ついていることを否認し、躁的に駆け抜けて対処しているのではないかと、父の歩んできた人生の物語と重ね合わせてみていました。そんな矢先、コロナウイルスによる世界的感染拡大を迎えました。このタイミングで、村上さんが父との話を語ることに私は大きな意味を感じざるを得ません。
 

 最後に、「猫を捨てる」の中で、棄てたはずの猫が先回りをして戻っていたという場面は何回読んでも私の胸に突き刺さります。本当に猫が戻って来てよかった・・・。

 人生に例えるなら、戻って来ない出来事の方が多いと思うのです。この想いは、私の父の旅行代理店が盛況だった時に、沖縄旅行に連れて行ってもらった記憶を思い出したために生まれました。当時、1970年代前半、アメリカから沖縄が返還され、沖縄海洋博が開かれ、私は幼少ながらに浮かれていました。


 しかし、今の私は、沖縄で治療している、ある精神科医の話を聞いていて、現在、うつ病だ認知症だと言って診察に来る高齢者の中に戦争のトラウマを語る人達が少なからずいることを知っています。

 ある親族とのトラブルをきっかけに不眠や「死にたい」という激しい感情が噴出するようになった男性は学童期の頃に沖縄戦の中で家族を目の前で亡くしていて、毎朝仏壇に手を合わせると体が震えると言うトラウマを抱えているのです。

 私は父のトラウマの歴史を引き継ぎ、何らかの影響を受けてこの仕事に就いたことについて、本当に良かったと思いました。何も知らないままに、無意識に何かを棄ててしまっている、もしくは誰かを傷つけてしまっていることが何よりも悲しい事であると感じています。
 
 このように、村上さんの「猫を棄てる」を読み返す度に、日本全体のトラウマの物語、カプセルの中に閉じ込められ物語の一部に触れて共感していることに気づきました。そして、改めて、私はそこから得たエネルギーをもとに真実の言葉を探し始める旅に出る勇気をもらったような気がするのです。

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日常を詩人を目指して旅するように生きてゆく #精神保健福祉士#公認心理師#グループサイコセラピスト

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