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ボクは鏡に映らない【ショートショート・1184字】

「あっちへお行き、鏡に映らない子」
 今日もママが、ボクに触れることはなかった。ボクはママに嫌われている。美しい兄さまや姉さまたちと違ってボクが、鏡に映らない子だから。城中の鏡という鏡はすべて覗いた。ボクはどこにもいない。夜が明ければ違うかも、と毎朝いちばんに手鏡を見る。やっぱりボクはいないけど、それでもママに毎日会いに行く。もしかしたら、と思うから。
 ボクはただ、ママに頭を撫でてもらいたかった。一度だけでいいから。手鏡を見つめながら、ボクはポロポロと涙をこぼす。涙が、鏡に吸い込まれていく。

「かわいそうな子。おまえの望みは永遠に叶わない」
 美しい兄さまと姉さまたちが、ボクの周りで口々に言う。
「ふふ、すべての鏡を壊せば、叶うかもしれないわよ」
「いいや。かわいそうな子はもう、ママを壊してしまいたいのさ」
「映らない鏡を壊す? 壊れたママに撫でてもらう?」
「あははっ、面倒くさいなあ! そうだ、おまえが壊れてしまえばいいじゃないか!」

 ボクのすぐ上の姉さまが、その輪からボクを連れ出す。城の庭園の、紫色のジギタリスの茂みまで来ると、姉さまはボクを抱きしめた。
「姉さま。ボクは、鏡もママも壊したくないよ」
「やさしい子」
 そう言って姉さまは、ボクの頭を撫でた。
「ボクは、この世界にいない方がいい?」
「そんなの私が望まない。ねえ、おまえはひとりじゃない。私は鏡に映るけれど、私もママに嫌われてる。ママのかわりに、私がいっぱい撫でてあげる。それから……おまえと同じ、鏡に映らない子に会いに行けばいい」
 ボクの他に、鏡に映らない子がいるのだろうか。でも、ボクはうれしかった。手を伸ばして、姉さまの髪に触れる。
「じゃあ姉さまは、たくさんボクに撫でられてね!」
「ありがとう、やさしい子」

 姉さまに連れられて、ボクは旅立った。片手には手鏡。城を出て、いくつもの森を抜け、谷を渡り。姉さまはボクの手を離さず歩く。何日目かの夜、ボクたちは魔女の家にたどり着いた。
 姉さまに言われて、魔女はボクの手鏡を覗いてみせる。鏡に、魔女の姿が映らない! 魔女はボクに手鏡を返すと、棚の丸鏡の布を取った。そこには姉さまの姿が……違う、これはボクの髪の色? 姉さまが後ろからボクを抱きしめて……なのに、鏡の中にはボクだけ。姉さまが、いない。
「そっくりでしょう? 私たちは双子なの。私たちのパパは、兄さまや姉さまたちのパパと違って人間で、おまえの方に人間の血が色濃く出てしまったの。知ってたのに、今まで黙っていてごめんね……。じゃあね、愛しい子。おまえはこれから、人間の世界で生きていくのよ」

 姉さまが真っ黒な羽の鳥に姿を変え、夜の闇に消えるまでの間、人間の魔女がボクの頭を撫でてくれた。
「大好きな姉さま。ボクも、ずっと一緒にいたかったよ」
 ボクを映さない魔法の手鏡に、ボクの声と涙は吸い込まれていった。


了(←ココマデ・1184字)
【2022.6.28.】

「ジギタリスの咲く頃に」 (←この話の後日譚です。よろしければ!)


「夏ピリカグランプリ2022」応募作品です。
(お題:「鏡」、800~1200字)

(2022.7.16. 続きへのリンクを貼るなどしました。)


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