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記憶に残っているひと【1】あの日一緒に桜をながめたおばちゃん

何かを共にしないと、人はただの、ヒト。
これから気が向いたときに、記憶に残っているひとについて書いていこう。

ベトナム留学から帰ってきてすぐに就活の荒波に揉まれ、パラレルワールドのようで辟易していた頃だった。すでに何社かはエントリーシートを経て面接へ進み、そのうち何社かからは既にお祈りメールが来ていたかもしれない。
帰り道、ふと、「桜が見たいな」と思った。
方面は全く違っていたが、中学・高校・大学と行きつけの繁華街であった吉祥寺に、自然と足が向く。

井の頭公園の桜は満開だった。
公園の池はピンクの川だ。

カップルや友だち同士ばかりの人波の中、漆黒のリクルートスーツでひとり歩く私。半分だけ空いているベンチがあったので、腰掛けた。隣に知らない人が座っているけど、まぁいいか。おばちゃんだし。60歳くらいだろうか。
と、おばちゃんが話しかけてきた。

「桜、本当にきれいね。」

どうやら彼女は、もう子供の頃からずっと井の頭公園の近くに住んでいて、遊び場としてきたらしい。
「このへんも、変わったわよ。おしゃれになって。」

何を話したのか憶えていないし、途中からはリアクションするのが面倒だとさえ感じていたような気もする。しかしともかく、私たちは結局3時間も、ベンチで桜をながめながらおしゃべりをしたのだった。
同じ時に同じベンチに居合わせて、今年の桜を共有しているということの面白さに、私は感動していた。

日が傾きかけたころ、私たちは挨拶をして、別れた。
彼女の名前も知らない。

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