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電気と生命現象:フランケンシュタインから学ぶ

 フランケンシュタインとは、あの怪物の名前ではなく、怪物を作った研究者(というか大学生)の名前。1818年、今から200年以上前にメアリ・シェリーによって書かれた小説。書き出したのは19歳、出版は21歳。若き天才、そしてSFの創設者です。神経活動電位の観点からフランケン誕生について説明する。(小野堅太郎)

 吉野先生の電池物語記事でガルバーニが出てきた。1771年、当時イタリアの大学教授(医学)であったガルバーニ(40代半ば)は、死んで肢だけになったカエルでも電気により足が動くという現象を発見する。これは現在でも続く、小野が専門にしている電気生理学の基本である。歯科では、金属製のスプーンやチョコレートのアルミ包装紙が口に入ると激痛が走ることを「ガルバ二ショック」といい、歯の詰め物とのイオン化傾向の違いにより発生する微弱な電流による。ガルバーニ以前に、ライデン瓶が開発され今でいうコンデンサーの原理で蓄電が可能となり、1752年にフランクリンにより雷が電気であることが証明された。ちなみにライデン瓶は開発されたオランダのライデン大学に由来するが、日本人が「雷電」と漢字を当てはめてしまうのは間違いである。しかし、雷電とはカミナリのことで、読音がこんなにもかぶるのは偶然とは思えない。平賀源内のエレキテルは、このライデン瓶を使っているはずなので田沼意次の前で「箱の中に雷電が入っており・・・。」と講釈したかどうかわからないが、ちょっとシャレている。

 昔、生理学教室では学生実習でカエルを用いていた。安楽死後のカエルの脊髄に金属棒(鉄)を差し込んで、流し(ステンレス)に触れさせると後足が激しく動く。ガルバーニ実験の再現である。学生の反応はさまざまであったが、皆一様に驚いていた。学部棟の建て替えと同時にカリキュラムの改変で生理学実習が冬に行われることになったため、実験用のカエルの捕獲がままならなくなり、現在は行っていない。

 さて、ガルバーニの甥、ジョバンニ・アルディーニはこれを見世物としてヨーロッパを回遊する。1803年にはイギリスで処刑された遺体に電流を流して衝撃が走る。既にガルバーニの実験からボルタが液体電池を発明しているので、電気実験は雷なくして可能だったわけです。死体は生きているかのように動き、まるで生命がよみがえったかのようだったでしょう。メアリ・シェリー6歳。イギリスで、このアルディーニの人体実験を何度も聞いたと思われます。

 そして19歳の時、メアリー・シェリーは怪奇小説を書きだすわけです。2年後に匿名で「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」を発表する。内容は大学生ビクター・フランケンシュタインが生命の創造にとりつかれ、墓を掘り起こして生命を作り上げる。生命の復活には、フランクリンのやった凧を使って電気を採取している。しかし、醜い怪物をフランケンシュタインは拒否し、怪物は執拗に追い詰め、次々と殺人を犯していく。という恐ろしくも切ない話である。より詳しい内容はWikipediaで。

 当時の最新科学を取り込んで、生命とは何かを問う典型的なSF小説である。全く予想外の原作の展開に驚いたが、読んでいて楳図かずおの短編漫画「ねがい」を思い出した。高校時代、楳図かずおの「神の右手、悪魔の左手」を読んでショックを受けて、過去の作品を読み漁っているうちに「漂流教室」に出会い、その最終巻の巻末に載っていた短編である。転校してきて友達のいない男の子が、工事現場で拾ってきた丸い木の材料を頭に見立てて人形を作り上げる。じきに人間の友達ができて、「もくめ」と名付けた人形を気持ち悪いといって捨ててしまうのだが、土砂降りの日、もくめが・・・。という内容でかなりぞっとする話である。

 初版の「あるいは現代のプロメテウス」というところに、単なる怪奇小説ではないことが伺われる。プロメテウスとはギリシャ神話に出てくる「人間の創造主」であり、「人に火を渡した」神様である。ゼウスとの確執があり、人の死が運命づけられるなどプロメテウスの名を持ってくるところは話展開として納得である。映画「エイリアン」シリーズの前日譚の1つ「プロメテウス」もそこから来ていて、冒頭に生命の誕生を思わせるCGシーンがある。

 ガルバーニは電気は生体内で発生すると考え、ボルタは電気は外で発生するものだと考えました。ガルバーニの実験では、異種金属のイオン化傾向の違いによる電気発生を起点としていたのでボルタの方が正しかったわけです。それは液体電池の発明にも繋がります。では、ガルバーニの考え方が完全に間違っていたかというと、そうでもないのです。神経や筋肉の活動は電気現象です。細胞膜を介して細胞の内外は電位差が生じています(-60~-90 mV)。そこに電気刺激を与えて電位差が無くなるような変化(脱分極)が起きて-40 mVを超えてくると「活動電位」と呼ばれる急峻で一過性の電位変化が生じます。これが、ケーブル線を電気信号が伝わる方法とは全く異なる現象によって神経を伝わります。骨格筋でも同様の現象が引き起こされます。電気の伝わり方に比べたらかなり遅いのですが、神経線維では速いものでは1秒間に100m程(0.01秒に1m)進みます。

 ガルバーニとアルディーニの実験では、末梢運動神経や骨格筋刺激ですので、思考をつかさどる脳が再生しているわけではありません。電気刺激で身体が動いたからといって、現代医学では当たり前で、「生命の復活」とは受け取りません。メアリ・シェリーの時代はまだ脳の解剖は表面的なものにとどまり、内部構造については調べられていなかった。ましてや機能については皆無で、19世紀中ごろ(日本では明治維新ごろに相当)から飛躍的に脳機能が明らかになってくる。ですので、今見ると荒唐無稽な話でも、当時はかなりリアルなSF小説であったことでしょう。ジュラシックパークという小説・映画では、琥珀にとらわれた蚊の恐竜から吸った血液(?)からゲノム解析したデータを復元して、現代に恐竜を生み出すというSFですが、化石となったものからゲノム解析は無理なのかなと思います。ただ、凍結されたマンモスや最近絶滅した動物などは可能ですので、現存の似た動物のゲノムを編集することで蘇らせる可能性は高いです。ニッポニアニッポン(日本トキ)も復活させることは技術的にはできます。

 脱線しまくってますが、最後に子供の時にはまった漫画「バオー来訪者」(荒木飛呂彦)について。後半に出てくるバオーの必殺技「バオー・ブレイク・ダーク・サンダー・フェノメノン」。長い名前ですが、子供の時、この長いカタカナに萌えたのです。白戸三平風の説明があり、細胞電気を直列につないで電圧を6万ボルト発生させるという技です。原理的には、シビレエイ(200V)、電気ウナギ(800V)の放電の仕組みです。筋細胞が変化した細胞を利用しており、細胞の一部でのみ活動電位が発生し、その電流が他の細胞面に流れます。そのような細胞膜面がたくさんの細胞に接していれば、大きな電圧差を生むことができるわけです。

 200年前のSF小説、「フランケンシュタイン」。ちょいと読みにくいところもありますが、当時の科学的知識を踏まえて読むと楽しめる作品です。ホラー漫画家で有名な伊藤潤二氏が近年漫画化しています。ぜひ楽しんでください。


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