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52ヘルツの鯨は個性を殺したかった。


  「52ヘルツの鯨」って知ってる?


  「世界で最も孤独な鯨」のことですよね?


  その通り。

  他の鯨よりも遥かに高い52ヘルツの周波数で鳴いているから、他の鯨と
  意思疎通ができていないと推測される鯨のことだよ。


  たしか、52ヘルツで鳴く鯨は世界で彼だけなんですよね?


  そう。だから、彼の声は誰にも届かないらしいんだ。


  なんか切ないですね。


  そうだね‥‥。

  で、自分語りになっちゃうんだけど、いい?


  全然構わないですよ。いつものことじゃないですか。

  どうぞ。


  今でこそ俺には助手を含め数人の親友がいるけど、いじめられていた小
  学生時代は「52ヘルツの鯨」に近い存在だったんだ。

  みんなに意図的に無視されていて、俺の言葉は誰にも届いていなかっ
  た。

  あのときの教室にマナカタリョウという人は存在していなかった。

  結局、学校に行けなくなったし‥‥。


  そうだったんですね‥‥。


  たしかに俺も変な奴だったのかもしれない。自分で自分のことを変人だ
  とは思っていなかったし、今も思っていないけど、客観的にはやはり変
  人だったのかもしれない。

  集団の力学においては、集団の団結を維持するために、変な奴は攻撃や
  放逐の対象になるからね。


  変人だからといって、それがいじめの理由となることはありません。

  というか、誰かをいじめてもいい理由なんてないですよ。

  とはいえ、実際問題、いじめは古今東西いつでもどこにでも存在します
  からね‥‥。私の言っていることは綺麗事に過ぎませんね‥‥。


  いや、むしろ、そう言ってくれてありがとう。

  助手の綺麗事は好意的に受け取れるよ。無責任な綺麗事じゃないし、自
  覚的な綺麗事だし。


  ありがとうございます。

  ‥‥というか、私の言葉が綺麗事であるということを強調しないでくだ
  さいよ。


  ごめんなさい。言い過ぎました。


  そういえば、「52ヘルツの鯨は個性を捨てたかった。」というタイトル
  はどういう意味なんですか?


  彼の52ヘルツの声は「個性」とみなすこともできるよね。その周波数の
  声を出すのは世界の鯨で彼だけだからね。

  でも、レアな個性、飛び抜けた個性って孤独を生むと思うんだ。

  単純化して言うと、個性と集団生活って両立しない場合があるんだ。


  なるほど。


  52ヘルツの鯨ほどではないけど、俺にも個性はあったと思うんだ。

  珍しい趣味をしていたり、みんなとは異なる意見や考え方を持っていた
  り、特徴的な癖を持っていたり‥‥。

  同級生たちの輪に加わるために、自分の個性を押し殺して、なんとか集
  団に溶け込もうとしたけど、すぐにボロが出てしまって、攻撃や放逐の
  目に遭う。

  あのときの俺は個性を殺したかった。


  「殺したかった」ということは、今はそうではないんですか?


  その通り。今はそうではない。

  中学校卒業以降、俺の趣味や考え方を否定しない人と出会えるようにな
  ってきて、そればかりか俺に共感してくれる友達も増えていったんだ。

  個性への殺意はいつのまにか消えていた。


  今のあなたは自分の個性を恐れずに、個性の発露にも積極的ですから
  ね。


  かつて俺の個性を否定し攻撃した全ての者への復讐は、俺の個性によっ
  て為すぞっていう気概も生まれたんだ。

  あと、かつての俺と同じような「52ヘルツの鯨」たちを積極的に肯定し
  ていきたいという気持ちも生まれたんだ。


  本物の「52ヘルツの鯨」のように、大海原を孤独に彷徨っている人がた
  くさんいるはずですからね。

  そういう同類たちを仲間にしていけたらいいですね。

  そして、みんなで一緒に遊べたらいいですね。


  そのために始めた創作活動だからね。

  だから、今後も個性を爆発させて創作していくよ!

  

  

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