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オンライン教育の本音ーアメリカ・シリコンバレーの現場から

イントロダクション

先が見えない新型コロナウイルスの感染拡大。
5月6日までの外出自粛要請を受け、全国の学校でもオンライン機能を用いた授業が模索されています。

私が代表を務めるRISU Japan株式会社でオンライン学習サービスを提供しているということもあり、このNoteでも以前、「自宅でできる算数学習」と題した記事を投稿しました。

実はRISUでは、RISU USAというアメリカ向けサービスも展開しています。アメリカは現在、国家を挙げたロックダウン状態が続いており、カリフォルニア州では学年末(6月)までの学校閉鎖が決定しました。RISU USAのあるシリコンバレーでもすでにオンラインを中心に多くの授業が行われています。

一般的には、アメリカでのオンライン学習は日本よりも進んでいる、というイメージがあるかもしれません。しかしその実態はどうなのでしょう。

今回は特別編。RISU USAの代表を務める福井宏治氏に、オンライン授業の実践を通して見えてきた「オンライン教育の本音」をお伺いします。

オンライン授業の進め方と人数

ーー本日はアメリカにおけるオンライン学習の本音を、RISU USAの代表である福井宏治さんにお聞きします。福井さん、よろしくお願いします。

福井:よろしくお願いします。

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▲福井宏治氏(中)。RISU USAの生徒と。

ーーまず、RISU USAで提供しているオンライン学習サービスの詳細について教えてください。

福井:RISU USAでは小学生向けの「Scratch Game Coding」(プログラミング)や中学生向けの「Python coding」(プログラミング)、「Financial Literacy」(金融リテラシー)、それに加えてクリティカル・シンキングの授業など理数系を軸にした幅広いコースを開講しています。
 授業のやり方としては、画面を皆で共有しつつ、途中で使い方のレクチャーや解説を交えて課題を解いてもらっています。その取り組みを見て、教師がフィードバックを行ないます。

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福井: RISU USA は理数系教育に特化したサービスですから、一般的な学校教育とは少し異なる講座を提供しています。しかし授業の進め方は、学校や他の塾と大体同じだと思います。

ーーなるほど。1クラスは何人ぐらいですか?

福井:7~8人に設定しています。感覚的ですが、これぐらいが限界だと思います。それ以上増えると、対面方式のように生徒一人一人をしっかり見ることは厳しくなります。従来のクラス形式でなら最大20人くらいまではできますが、やはりやりとりが一方向になってしまう。
 本当はもっといろいろな人数や方法で試して定量データを取りたいんですよ。しかしこちらもオンライン対応で慌ただしく、まだちゃんとしたデータは取れていません。

オンライン学習で起こりがちなトラブルとは?

ーーアメリカでもオンラインに授業が切り替わるのは大変なことなんですね。

福井:そうです。アメリカではオンライン教育はDistance Learningといいますが、最初のうちはトラブルも多かったですよ。主には機材トラブルですよね。特に低学年の子は機材のセッティングや、Wifi接続といった授業準備が難しい。もちろん高学年でも持っている機材によっては繋がらなかったり、通信不良が起こります。いくら子どもがデジタル機器に親しんでいたとしても、実際にそれを使ってコミュニケーションする段になるといろいろ問題が発生します。 
 それと、自分自身のタブレットやPCを持っていない子どもも当然いますから、そういう子は親の機材を使っていたりします。ただ、親も使いたいわけで(笑)親の仕事用PCだったりもしますし。

ーーそうですよね。自分のPCがあることに越したことはありません。日本ではWifiがない家庭に対してどう対処するのかが問題になっています。

福井:そうそう、Wifiは問題ですね。RISU USAは学校に出向いて授業を行うスタイルだったので、そのときは学校のWi-Fiで学習をさせていました。しかしオンライン学習しかできない今、家庭にWifiが無いという理由でRISU USAをやめてしまった子もいます

ーーなるほど。Wifiを契約するにもまたお金がかかりますしね。経済的負担が増えるからやめてしまったと。

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▲RISU USAに興味を示す子どもたち。こうしたイベントもできない状態である

最大の問題、経済格差

ーーRISU USA以外のオンライン学習サービスでなにか目立った問題はありますか?

福井:やはり金銭的な問題です。経済格差と学習機会の問題とでもいうべきでしょうか。RISUに関しては、比較的裕福な人が受講しているのでそこまで金銭的な問題が浮上することはありません。でも公立学校のオンライン化は問題が多いと思います。当然その中には生活保護を受けている世帯の子もいるわけですから。機材面で大きな障壁があります。RISU USAも格差是正のためにPC等を一部の家庭に貸し出しています。

ーーご家庭や事業者も含めて、そうしたオンライン学習支援のための補助金などは支給されるんでしょうか?

福井:オンライン学習支援のための補助金はありません。家庭向けには、学校や自治体、大企業がボランティア的に支援をしています。中小企業向けには、事業存続のための無担保ローン(最大250万円相当)など今回のCOVID-19対策として施策はありますが、オンライン学習推進のためのものはありません。

公立学校が遅れをとってしまう

ーーオンライン学習支援のためのものは無いんですね!シリコンバレーでも、まだ具体的なオンライン学習に対する対策が見えていないと。

福井:そうです。今週ぐらいまでは学校単位での動きがほとんど無く、先生によっては個人で対応している人もいます

ーー先生個人でのサポートはどういった感じでしょうか。

福井:メールや電話フォローが多いです。Google Classroomや最近話題のZoomを使っている先生もいますけどね。

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▲オンライン会議ツール「Zoom」。日本でも、教育関係者は時間無制限で会議ができる

ーーなるほど。個人でのフォローということになると、それぞれの先生のオンラインスキルも重要になりますね。

福井:全くです。先ほど公立学校の話をしましたが、特に公立の学校だとオンラインスキルのバラつきが大きいですね。
 これは公立/私立に限らないのですが、裕福な家庭だと専門の家庭教師を付ける家庭も増えました。RISUにもそうした要望が最近は多いですし、週1から週3に頻度を上げて欲しいというような要望も聞かれます。
 
ーー結局、収入格差と学習環境が比例し始めていると。

福井:そうです。しかもその差はどんどん広がっていきますから現時点でフォローできていない子はこの先もフォローできるかどうか……米国で最も裕福なシリコンバレーでも約1割の家庭では学校給食がないと3食たべられないのです。なので、今でも学校は給食だけはやっている状況です。

ーー学習機能だけでない、生活サポートのための学校という側面も考えないといけませんね。日本でもオンライン教育における経済格差が問題視されますが、そういう意味ではアメリカの経済格差の方が問題かもしれません。

福井:まったくです。学区が中心になり、ボランティアで集めた機材やWi-Fi機器を貸与して遠隔授業を進めるケースも多いんですが、それも学校のある地域の裕福さに拠ってしまうところがありますし。今後、この収入格差の問題がどうなっていくのか私も分かりません。

突然の休校はアメリカでも同じ

ーー日本でもそうした問題が今後さらに顕在化するかもしれません。

福井:そうですね。ある意味で、日本とこちらの状況は似ているのかもしれない。日本でも全国の学校に対しての突然の休校要請が批判を含め波紋を呼んでいましたよね。でも、シリコンバレーのロックダウンも突然決定しました。3月16日、日曜の午後に決まり、18日の早朝から実施になりました。日本と違い、事前にロックダウンの話が出ていなかったので、学校も不意を突かれた感じです。

ーーそれは早い!しかも、日本のロックダウンよりも制限が厳しいですよね。

福井:そうです。小売り店の一部や病院、銀行、消防や警察といった政府系機関の一部以外はほぼ全てが自宅待機を命じられています。

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▲ロックダウンしたNY。この映像は世界中の人にショックを与えた(画像出典:https://www.aljazeera.com/ajimpact/world-lockdown-business-activity-collapses-record-pace-200324125714447.html)

ーー2日で街がそうなると、学校も対応に困りますね。

福井:そう。そんな状況で、シリコンバレーの学校は6月末までのロックダウンが決定したので、来週(4月21日時点)あたりから長期のオンライン授業を見越して動き始めるでしょう。でも突然でしたから、学校関係者もオンライン授業の準備や心の準備ができていませんでした。17日の月曜に、プリントを印刷して渡すのが精一杯だったようです。

アメリカでも、オンライン教育のポテンシャルはまだわからない

ーー日本でもオンライン教育への注目度が高まっており、外国での取り組みを紹介するケースも増えました。
 ただ、そこでの取り上げられ方は「外国ではこんなにオンライン教育が進んでいるのに日本はこんなに遅れている!」という論調のものが多いように感じられます。
 しかし福井さんのお話を聞いていると、最先端のIT企業の本社がひしめくシリコンバレー地域でも日本と同じような問題があり、現在その対応に追われているのだということがよく分かりました。

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▲Googleもシリコンバレー発の企業だが、そのような地域でもオンライン授業の現状は厳しい(画像出典:http://seiuchiyama.blogspot.com/2018/06/blog-post_27.html)

福井:そうなんですよ。シリコンバレーでも日本と同じような問題が起こっていますし、まだまだ手探りの部分があります。一方で、先生と親が一緒になって効率的かつ効果的なオンライン教育を模索する動きも出てきています。また、RISU USAの提供する最先端のSTEMオンライン授業にはハワイ等の他州からも参加者があり、地元では学習機会が無かったという意見もあり、オンライン教育のメリットも実感し始めています。
 それにここでも話したように、こちらで明らかになった問題はいずれ日本でも十分に起こりうる問題です。また、住宅環境等も違うので、ただ外国を見習うのではなく、そこで明らかになった問題を冷静に対処する、という姿勢の方が望ましい。いずれにせよ、騒動に反応しすぎず、関係者と前向きに協力しあって良い学習環境を作って行く必要があると思います。

インタビュイー:福井宏治(ふくい・ひろじ) 
大手IT企業の駐在として1995年に渡米し、ビジネス開発、投資買収、Webマーケティング等に携わる。2015年に前職を辞め、RISU USAを立ち上げ、シリコンバレーを中心にSTEM教育を公立・私立の小中学校、学童保育等に提供している。
編集長:今木智隆(いまき・ともたか)
「学びのベーション」編集長。RISU Japan株式会社 代表取締役。
京都大学大学院エネルギー科学研究科修了後、デジタルマーケティング専門コンサルティングファームのビービット入社。金融・消費財・小売流通領域のサービスに従事し、2012年から同社国内コンサルティングサービス統括責任者に就任。2014年、RISU Japan株式会社を設立。タブレットを利用した幼児から小学生向け算数教材で、のべ10億件のデータを収集し、より学習効果の高いカリキュラムや指導法を考案。国内はもちろん、シリコンバレーでもハイレベル層から、算数やAIの基礎知識を学びたいとオファーが殺到している。

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