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スーパーノヴァ

連休はずっと地元で過ごしていた。フェスとか海外とかでビャンビャンに弾けても良かったのだが、ひどく疲れていたし、安らぎが欲しかったのだ。

実家の窓から注ぐなつかしい光。うす甘い木材の匂い。南向きのリビングに横たわって何も思わず過ごしたいーーー

なにか切実なものがおれを地元に駆り立てた。上野から快速急行に乗って一時間半。いくつもの丘を越え、鈍色にさびた人工池を渡り、数年ぶりに帰った地元は何ひとつ変わらぬダルさで大地にまどろんでいた。町にひしめいていたのは煤けた公園、スーパーの蛍光灯、どう猛な犬、鳥、ストリートグラフィティ、永久に垢抜けない住民たち。それだけだった。

田舎の静けさも都会の喧騒もない。特に発展もしないし衰退もしない。町はまるで延々と続く退屈な廊下みたいだった。おれは実家でソウルが蕩けるまで寝そべり、好きなだけ菓子をむさぼり食って、うつろな目でゲームに没頭した。

夕方になると外に出て、気の向くままに町を散歩した。商店街のどんよりした冷たい空気の中を歩いていると、不思議と町中に流れる不毛さにシンと安らぐ自分を発見した。

やがて目に飛びこんできたのは、高校時代のクラスメイトたちの姿だった。みんなすっかり落ちぶれて、町中をよろよろと徘徊していた。

ビッグテックに就職した鉄音くんが、町外れの紫陽花の庭で倒れていた。破れたスーツ姿で、独り言をつぶやきながら土を噛んでいた。

ずっと憧れだった未希さんが、くしゃくしゃになったVIE DE FRANCEのビニール袋を片手に、民家のシャッターを殴りつけていた。知的で超センスのよかった未希さん。パリのアートスクールに留学したはずだったがーーー

「えええ?みんなどうしたんだよ?もっと頑張っていこうよ?」狼狽したおれはかるく叫んでしまう。皆いつか打ちひしがれてこの町に戻って来たのだろう。まあ、おれも一介のやつれたリーマン。錆びた歯車をすりつぶすばかりの毎日なのだから、彼らと変わりはないのだった。

おれはやりきれない気持ちで、いらだたしく大地を踏みしめ踏みしめ、甘ったるいスポーツドリンクをがぶ飲みした。

連休も残りわずかとなった夕どき、ちょうど実家に帰る途中だった。大型スーパー前の交差点で、アニメキャラのプリントで埋め尽くされた変な車が、するどい爆音を撒き散しながらドリフトしていた。うわあ、やばいのがいるなあ、と思って運転席に一瞬だけ視線を走らせると、うつろな目をした男がハンドルをにぎっていた。うす汚れたTシャツを着てだらしなく太った男は、さもかまってほしそうに、あたりにチラチラ視線を配りながら無様な旋回を続けている。

親友の小林だった。レーサーを目指していた小林。いつか松材の匂いのする教室で夢を語り合った小林。

どうにもやるせなくて、悔しくて、おれは近くの雑木林に飛び込んだ。

「だめだ油まみれの紙くずばかりだもうずっと眠りこけてファミチキをむさぼり食っていよう」

のた打ちまわったあとで空を見上げると月が出ていた。月は明るくて、やさしい氷みたいに澄みわたっていた。

飲み会だな、思った。適当な空き地かどこかに集まって、おのおのの近況を無様にさらけ出し、チキンとチューハイでぎゅんぎゅんにドライヴさせて朝まで飲み明かすのだ。

おれはすぐさま昔のLINEグループを探し出し、クラスメイトたちを飲み会に誘った。

そして翌日の20時。鉄音くん、未希さん、小林、あと後鯉さんとユボリくんが、町はずれの空き地にやってきた。何年も前に打ち捨てられた空き地にはくらい色の雑草が繁茂していた。

全員ストロングゼロのロング缶を持って、鉄音くんのかけ声とともに一斉にプルを引きちぎる。あたりへ響くすずしい金属の音とともに宴は始まった。

「かああー。もうちょっとでカリフォルニア行けたんだけどな。やっぱパズドラがまずかった。ぜんぶパズドラでとろとろになった」

酒やけした声で鉄音くんが吐きだす。

「ですなあテツさん。ふふ。もうガチャ回してるとき以外ずっと手のふるえが止まらなかったもんね」

「やっちまったー」

地面に座りこんだ小林の腹がでっぷりと張り出して、Tシャツのアニメキャラの笑顔がいびつに崩れていた。

未希さんは青と金の花が散りばめられた柄のリネンシャツを着ていた。なかば放心して、雑草の山にうっとりと目を泳がせている。

「お元気ですか未希さん」

「うんいまからパリでいちばん熱い金木犀の水に溶けていくの」

水晶の鈴みたいな美しい声だった。おれはウンウンうなずきながら空になった缶をにぎり潰した。

コンビニの油っぽいチキンをひたすら頬張り、ストロングゼロで胃袋へ流し込んでいく。油まみれの肉汁。するどい化学香料の匂い。全身に流れてくる退廃のきらめきのようなものをしっとり味わいながら、高校時代の思い出話をして盛り上がった。草木がよわよわしい初夏の風にそよぐ。あたりにはいつか諦めにも似た静けさが流れていたーーー


そして明け方、あたりに散乱した空き缶を拾い集めていた時だった。小林が「おや」と声をもらしたと思うと、とつぜん彼の背中から翼が生えてきた。

あたりを覆いつくすほどの大きな翼だった。するどい羽が並んで、いちめん虹色に輝き、ゴウゴウと風にさざめいていた。

「あれえ。なんか飛べるかも」

小林が試しにザンと翼を羽ばたかせる。すると光の粉があたりにはげしく撒かれ、空き地の雑草たちが身震いして、ストロングゼロの缶が吹き飛んで行った。

「おおお」

呆然とするクラスメイトたち。でもみんなちょっと身を揺らしてウキウキしていた。なんだか痛快でおれも笑いが止まらなかった。

「おれも連れてってくれ」

「夢のカリフォルニアに」

「初夏の緑がしたたるモンマルトルに」

「どこでもいいからたのむ」

鉛色によどんでいた小林の目が澄んでくる。高校の時と同じりりしい目だった。

ふたたび羽ばたき。今度はさらに強く。あたりの雑草が全てなぎ倒され、熱い砂が吹き荒れる。小林のTシャツが猛烈な風に波打っていた。

「僕について来てくれ」

小林が虹色の翼を一気に開く。そこらじゅうで脈打つ光の中で未希さんはちょっと笑っているように見えた。

ばざざ。とおくで雷鳴の響き。叫び声。ついに地面から飛び上がる翼で風がひゅんひゅんと激しくうなりをあげる。

「しっかり掴まってろよ?」

みんなはそれぞれのすべての想いを託して、ありったけの力を込めて小林の背中にしがみついた。

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