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曇りのち…

本当に人との出会いは気まぐれだ。天気のように晴れの日もあれば、にわか雨の時もある。今日は蒼い空が広がっている。こんな晴天は数日なかったこと。僕は、アスファルトを噛み締めながら歩みを進めた。

僕が出会った女性は、遠慮がちで控えめな性格の持ち主だった。セミロングの少し茶色掛かった髪を束ねて、目の前に座っている。視線を合わせるのが恥ずかしいのか、目を逸らす、そんな女性。決して僕の好みではないけれど、気になる存在感を醸し出していたのは事実だ。

どうして一緒にいるのかも分からない。でも目の前にいる。本来ならあり得ないことだったに違いない。

彼女は、重い口を動かし始める。ぎこちない声は、僕も緊張感を醸し出す。それでも彼女は話している。その一生懸命さは伝わってくる。それが彼女の魅力だった。

ファミレスの端の席で、僕と彼女は、何とも言えない感触を味わっていた。

「あのね…」

「なに…」

間が次第に長くなってくる。他のテーブル席からは、賑やかな話し声が店内に響き渡る。ここのテーブルだけが、曇り空だった。僕は視線を入口近くの窓に無意識に向けていた。西日が入る日差しはブラインドを下げていても幾筋の光が光芒のように差し込んでいる。

「不思議。なぜこうやって向き合って座っているんだろうね」

「うん。お互い様だけど…」

「まあね…」

彼女はテーブルの上にある、アイスコーヒーに備えているストローを指で摘みながら、喉を潤していた。僕は、おしぼりで手を拭く。柔らかくひんやりとした感覚が鮮明に染み渡る。

3つ隣のテーブル席にいる若い男女と同じように、以前は少し前のめりになりながら、会話を楽しんでいた。お互い笑顔が無意識に湧き上がっている状態が常だった。彼女の笑顔を見た時、僕は元気と勇気を貰っていた。彼女も僕の表情を見て、はにかみながら応えてくれていた。

一泊二日の弾丸旅行も楽しかった。僕が車を運転して、助手席に乗っている彼女。お互い行ったことがない未知の土地で、足湯に浸かり、地元の酒場のカウンターで地酒を飲んだ。地域で有名な神社に参拝してお互い願い事をした。

彼女が疲れて、車の中ですやすや眠っている時、僕にしか見せない安堵な表情を見せてくれた。僕は運転していて、自然と頬が緩んでいた。大事にしたいと思えた瞬間だった。


「それでね…」

彼女は、僕の想像している雰囲気とは正反対の表情を浮かべた。

「うん」

「もう、終わりにしようと思って…」

「構わないよ」

「止めないんだね…」

「止めないよ。それがお互いのためだから…」

「それならいいや」

彼女は席を立つと、入口に向かって歩き始めた。僕は座ったまま、彼女を目で追いかけた。彼女は一度も振り返ることもなくドアを開けて出ていった。

「これで良かったんだ…元々繋がっていなかったんだ…」

僕は目の前にある、冷めきったコーヒーカップを手に取ると、口に含んだ。こんなに苦かったかと思えるぐらいの味覚を、舌で感じ取っている。僕は大きく溜息をついた。周りにも聞こえている気がしたが、僕にとっては、どうでもよいことだった。

チラチラと視線を感じている。棘を刺すような痛みが、身体のあちこちを刺激する。咄嗟に僕は席を立った。彼女と同じ方向に吸い寄せられるように歩を進める。

外は眩しかった。手のひらを目元に持ってきて、日陰を作る。どうも慣れていないようだ。今の僕には、陽の光が鬱陶しい。

「さあ、帰るとするか…」

僕は大きく深呼吸をした。秋の匂いを受け止める。家路に向かう真っ直ぐな道路に、車は一台も走っていなかった。街路樹の銀杏の木から、鮮やかな黄色の葉が目の前に揺らぎながら舞い降りる。

歩道を歩きながら、僕はふと後ろを振り返った。

見慣れた栗毛色の女性が、こちらに向かってくる。僕は身動きもせず、ただ目に焼き付けている。雀が横切っていったことさえ、視界に入らなかった。

女性は息を切らしながら、僕の目の前に立ち止まった。

僕のファインダーには鮮明な姿が切り取られた。


空が黄金色に変化していることだけ、感じ始めていた…




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