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映画『アメリカン・ユートピア』には「私の好きなアメリカ」があった! (”David Byrne's American Utopia")

デイヴィッド・バーン10枚目のソロ・アルバムとしてリリースされた「American Utopia」のツアーがブロードウェイのショーとなり、それをなんとスパイク・リーが監督して映画化されるという、「素晴らしいに違いない」作品を、日本でやっと観ることができました。いやぁ、まさかライブ映画を観て泣くことになるとは思わなかったのですが、ホントに泣けました。すでにいろいろな記事やコラムで書かれている通り、ステージも構成も映像も本当に素晴らしいのですが、「アメリカン・ユートピア」というタイトルに込められた、67歳(!)のデイヴィッド・バーンのメッセージがどうしょうもないくらい心に刺さりました。

デイヴィッド・バーンが在籍したバンド「トーキング・ヘッズ」は1970年代後半~80年代にニューヨークで活躍したポスト・パンクあるいはニューウェーヴと言われていたジャンルのバンドで、私は10代の頃「なんてカッコいい音楽なんだ!」と衝撃を受け、聴きまくってました。どちらかといえば私はブリティッシュロックが好きで、パンクやニューウェーヴもUKモノが中心だったのですが、「リメイン・イン・ライト」あたりからか、いかにもニューヨークっぽい、知的でおしゃれで、なんとも言えない神経質な感じの彼らの音楽に惹かれていきました。また、ブライアン・イーノがプロデューサーであった時代には、アフリカンファンクなどのワールドミュージックをいち早く取り入れ、その進化し続ける音楽性も注目を集めていました。バンド内バンド「Tom Tom Club」のポップでおしゃれな音楽も人気でしたね。

1984年に公開されたトーキング・ヘッズの伝説的ライブ映画「Stop Making Sense」は、その計算されつくされた構成、前衛的なライブの表現で評価が高く、当時、その映像の先進性に心を奪われたのを覚えています。ラジカセを持って一人でステージに現れるデイヴィッド・バーンがギターを弾きならしながら歌い始める「Psycho Killer」から、楽曲ごとにステージにメンバーが増えていく構成、ユニークなライブパフォーマンスが繰り広げられ、思わず引き込まれてしまう斬新な映像の連続。後に「羊たちの沈黙」を撮るジョナサン・デミ監督が、自ら熱望して企画し実現したこの作品は、今もライブ映画の金字塔的作品とされています。(私は、彼が「羊たちの沈黙」を撮る前の佳作「サムシング・ワイルド」がお気に入りでした。)

今回は、あの「Do the Right Thing」のスパイク・リーが監督するということで、実はかなり意外に思っていたのですが、ニューヨークの当時のインディーズシーンを代表する二人の共作(David Byrne × Spike Lee)によって、本当に素晴らしい作品に仕上がっています。「American Utopia」はまさに新しいライブ映画の金字塔となるであろう、最高の作品です。

トーキング・ヘッズ時代の名曲を含む圧巻のライブ演奏(「Stop Making Sense」とも重なる曲も多いので、比較すると面白い)は、話題になっている通り、ステージから楽器コード、アンプ、キーボードやドラムセットなどを排除し、ステージ上で自由に動き回れるように楽器を身体に装着したメンバーがミニマルかつパワフルな振り付けでパフォーマンスを展開します。全員がグレーのスーツを着て、裸足でステージを縦横無尽に動き回りながら演奏する躍動感は素晴らしく、息を飲むほど美しくもあります。

徹底的に削ぎ落したライブ映像で構成された「Stop Making Sense」と違い、今回、デイヴィッド・バーンは客席に向かってしゃべりまくる(!)のですが、それがこの映画の重要な要素になっています。ツアーやブロードウェイのショーが行われたのはトランプ政権下のアメリカで、まさしく政治的分断や人種問題といったアメリカ社会の問題が浮き彫りになっていた時期。円熟味を増したデイヴィッドが、パフォーマンスをしながら客席に語り掛けるのは、人との出会いや繋がり、投票の重要性、人種差別主義への抗議と人種のダイバーシティ、人間の成長、といった内容です。直接的に政治的なメッセージを強く発信するのではなく、ひとりの表現者として、自分の興味や経験をもとに、理想的な世界(=アメリカン・ユートピア)に向けて再び歩き始めよういうメッセージを、ユーモア交えて発信します。

何よりも素晴らしいのは、近年良くみられる政治的なスタンスを発するアーティストとは一線を画し、デイヴィッド・バーンはより知的な領域で「人間とは何であるか」「何を愛するのか」「我々が守りたいのは何か」といった一見個人的な問いを真剣に投げかけ、ゆえに殺伐とした現代のアメリカに、音楽と舞台パフォーマンスによって、強烈なメッセージを届けることに成功している点です。アメリカのエンターテインメントを構成するのは(政治的スタンスではない)リベラリズムであり、人種、貧富、性別、社会的なマイノリティや差別を乗り越えて創り上げたもの。もちろん、エンターテインメントの世界も、差別や権威主義など、きれいごとだけでは語られないが、メルティングポットであるアメリカがその世界でも稀なダイバーシティをもとに創り上げた上質なエンターテインメントの現場=ブロードウェイから、現代社会にはびこる「社会の分断」と対峙するスタンスを届けています。この、知的なリベラリズムこそが「私の好きなアメリカ」なのだ、と気がつきました。

楽曲に関しては、トーキング・ヘッズ時代やソロ活動の名曲群の演奏も圧巻ですが、このライブ映画のハイライトは、ジャネール・モネイの「Hell You Talmbout」を演奏するシーンだと思います。強烈なビートにのせて、人種差別的暴力を受けて亡くなったアフリカ系アメリカ人の名前を繰り返す、あのプロテスト・ソングです。「白人中年の自分が歌っても良いのか?」とモネイに聞いて「これは誰が歌っても良い曲だ」との許可を得たというエピソードが語られますが、そもそもポリリズムやアフロビートなど、民族音楽的な要素を組み込んでいったトーキング・ヘッズが「文化の盗用」的な文脈で語られることもあったことを考えると、現代のアメリカで白人のデイヴィッドがこのプロテスト・ソングをあえて歌うことの意味は非常に深く、それゆえ強いメッセージになっています。(このブロードウェイのステージの動画とは違い、映画では犠牲者の写真を持った遺族が次々と登場しますが、それはスパイク・リーが考えた演出だとのこと。)

今回、ステージに立った12人のメンバーは、国籍も人種もバラバラなのですが、各人が非常に個性的で主張しながらも一体感を持ったステージを繰り広げています。自身がスコットランドからの移民であることに触れながら、演奏の前につぶやいたデイヴィッドの一言が印象的でした。
”Most of us are immigrants,  and we couldn't do it without them."
(我々のほとんどは移民で、移民がいなけりゃ始まらないのさ

最後に、私が大好きなトーキング・ヘッズの名曲「This Must Be The Place (Naive Melody)」そして「Once In A Lifetime」のツアーでの映像(なんとブラジルでのステージ!)をYouTubeで見つけたので、貼っておきます。モダンでちょっとコミカルな振り付けにも引き付けられますが、色褪せない名曲です。


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