台湾有事の「こころ」と「かたち」
newleader 2024/9/1を改変
■10月14日、中国軍が台湾包囲演習を始めました。頼清徳政権の「独立志向」を「強く否定する」目的とのこと。国共内戦以来、軍事的威嚇を続けてきており、これがなぜ、台湾に対する「強い威嚇」になるのか。8月上旬に執筆した記事ですが、台湾有事の本音の係争点は何かを解読してみました。
先日(これを書いている8月上旬)、友人で台湾在住のアメリカ人安全保障研究者からメールがありました。「……明日、東京経由で台湾に戻ります。今日、ばたばたしています。……台湾有事がもう直ぐ始まります」。
えっえーっ、もう「有事」になるの?
そういえば、「日本政府が中国軍の昨年の演習を分析した結果、最短で1週間以内に、地上部隊を台湾に上陸させる能力を有していることがわかった」という報道があったような(7月18日「読売新聞」)。
「中国軍による台湾への侵攻は、▽海軍艦艇が海上を封鎖▽ミサイルで台湾の軍事施設を攻撃▽揚陸艦や輸送ヘリで部隊を投入し、橋頭堡 を構築▽揚陸艦や民間の大型貨物船で部隊や戦車を投入――の順に進むことが予想される」そうです。
私が知る限り、今年の春頃まで、日本政府関係者の台湾有事の懸念は、経済封鎖にあったはずです。台湾有事も、ずいぶんと出世したものです。
では上陸できたとして、その先、何をやるのですか。中国は、ミサイルやサイバーや特殊部隊で攻撃を加えることは出来ます。いわゆる「断首作戦」ですね。しかし、台湾を併合しようというなら、陸上部隊で完全制圧する必要があります。部分的な上陸成功では、実効的な意味はないのです。
当欄の2021年12月号に掲載した「台湾に『ノルマンディー上陸』は あり得るか」で解説したように、台湾陸軍の総兵員は約27万人。これと同規模の兵力の揚陸作戦を行うには500万~1000万㌧の船腹が必要で、それも短期に集中する必要があります。中国には海軍の輸送艦艇に加え、民間船舶をかき集めても、こんな輸送能力はありません。
実は別な戦略の方が、現実味があります。2022年8月のペロシ米下院議長の訪台以降、23年4月、24年5月と、中国は三回、台湾包囲演習を行っており、脅しの定番となりました。(そして、10月中旬にもまた頼清徳相当の併合拒否発言への威嚇で包囲演習です)。台湾への海上輸送遮断が、現実に可能であることをアピールしているのです。
ではなぜ、上陸ではなくて包囲で脅しとして効くのか。
台湾はエネルギーの備蓄が極めて少なく、短期間の封鎖で経済が国民生活が破綻するからです。台湾経済部の2022年上半期の資料によると、発電用エネルギーは、石炭が42.5%、天然ガスが38.1%でこの2つが大宗を占めます。両者とも全量を輸入に頼っており、国内備蓄は、石炭が40~42日分、天然ガスに到っては11日分です。海上の包囲で経済封鎖なら、中国でも可能だし、可能である事をこれまで、何度か演習で示してきています。
もともと、中国は、A2AD戦略でアメリカ軍の接近を拒否しておいて、上陸、侵攻、または、断首作戦で政権転覆というシナリオをアピールしていました。しかし、それが脅しとして全然効いていないとわかり、方向転換を図ったものです。つまり台湾人に現実的脅威と感じられるものでなければ、意味がないと悟ったわけです。
実は中国の狙いは更にその先にありそうです。台湾では今年1月の総統選の前、民進党系の人々の間でも「疑米論」が広まりました。有事の際、アメリカが軍事介入することへの疑いです。日本よりも信頼度は低かったそうです。まあ、当然ですよね。ニクソンショックで捨てられた経験があるのですから。
さて、直接攻撃なしの海上封鎖が行われたとして、頼みのアメリカは即座に 反応できるのでしょうか。直接攻撃に対しては歴代の政権、議会指導者は介入を言明していました。が、海上封鎖に対してアメリカが躊躇した瞬間、台湾の世論は対中強硬から宥和にシフトするでしょう。
そしてそのアメリカは、いま大統領選のまっただ中。身動きのとれない今、たしかに中国にとっては狙い目です。なおその上に問題なのは、次のアメリカの次期大統領が、どちらになっても同盟国や親密国の安全保障問題に対し、いい加減な人であること。その素人さん達の関心を引きつけるために、日米の当局者が分かりやすい「上陸」に力点をおいてプレゼンしなければならないということなら、確かに今、台湾問題は危機的状況にあるといえるのでしょう。