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今こそ声高らかに運命を語ろうか

昨日、写真を撮りに出かけました。

スマホの中に保存された写真データは十数枚、というくらい写真を撮る習慣のない私がです。もちろん理由はあって、これから書くことがいろんな人に伝わるようにと考えた末の試みでした。文字だけじゃなく写真もあった方が雰囲気は良いはず。はず? 付け焼き刃なので、どのくらい伝わるのかはわかりませんが、付き合ってみてもいいかなという人はどうか見てやってください。

多分、これは小説です。

私自身は告白文のつもりでいたけれども、書いている途中で自分主人公の小説ってこんなだろうなって感じたから。

自分の年表を作るとしたらって、考えたことありますか?

生まれてきてから今この瞬間まで、自分の中で起こった一大事を集めた表です。その出来事に遭遇しなければ今の自分はいなかった、というもの。列挙しなければならない大事件は人によって様々かと思います。受験とか人の生き死にとか結婚とか就職。本当にいろいろ。

私がこれから掲載する内容は、その自分年表で必ず最初に書かなければいけない、私のとっての大事件でした。……こんなもったいぶって言うほどのことでもないのかもしれないんだけれども。けど、ほんとに。

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今でも本当に手をのばしているのです。


今こそ声高らかに運命を語ろうか


その夜の美しさを鮮明に覚えている。

もう30年も前の話を、私はこれから書こうとしている。
実を言うと、今まで何度書いても上手くいかなかったのだ。小説にして2~3度、詩にしたら10や20では足りないくらいに何度も書いた。書いた証拠は今でも全部とってある。単なる思い出の品ではなく創作物として私の本棚に並んでいる。幸か不幸か、不完全な言葉のかけらは何歳の私にとっても宝物だった。今この時、これほど日常的に雑多な文字を書くようになってすら。

45歳の私は、息するように文章を書く。一般的に、40も過ぎれば、おおよそのことを客観的に見る年齢である。だから、彼こそが自分が真剣に文章を書くきっかけになったのだとわかってもいる。

記憶を残したい、完璧な形で。
私の根源は多分そんな単純な欲求だった。

1991年、夏のある夜。
私は初めて人の形をしたものに憧れた。
その人は、私の目には、人の形をしたひかりに見えた。彼は歌をうたっていた。あれから30年たった今も、彼は歌をうたっている。不思議なことに、今の彼を見ても私の心は少しも動かない。つまり私が憧れた彼は、あの夜、あの時にしか存在しないものだったのだろう。

ひかり、である。ただしく、光。彼ハ私ノ光デス。
これでは全然伝わらないか。

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