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【連載】運命の扉 宿命の旋律 #20

March - 行進曲 -


駅まで萌花を送り、自宅に戻った稜央を桜子が心配そうに迎えた。

「ただいま」
「稜央…大丈夫だったの?」
「うん」

居間では陽菜が既に夕食を食べていた。

「お兄ちゃんおかえりなさい」

稜央も陽菜の隣についた。桜子が稜央の分の食事を食卓に並べた。

「お兄ちゃん、あの綺麗なお姉さんはお兄ちゃんの彼女ですかー?」

陽菜がスプーンをマイク代わりにして稜央に向けた。

「陽菜! もう陽菜ったら川越さんにもそんなこと言ってて…。ちゃんと謝っておいてね。気分を悪くしたかも」
「いや、本当に彼女だから」

ご飯をかき込みながら言う稜央に、桜子と陽菜は目を見合わせた。

「ほらー、陽菜が合ってたー」

はしゃぐ陽菜に桜子は少し戸惑った。

「あの子…大事な子なんだ。こんな俺のこと好きだなんて言ってきて。最初はからかわれてるのかと思ったけど、本当なんだって。萌花といるともっともっと色んな曲弾きたくなって。その弾きたくなる曲が、俺の中で今までに感じたことがないあったかさと柔らかさが膨らんで…何とも言えないんだ。すごく満たされるんだ」

箸を止めて溢れる思いが止まらない様子で語る稜央を見て、桜子は目を細めた。

「傷つけることもしたんだけど…それでも俺が良いって。こんな俺を。初めてだよ。そんな風に言うやつ。俺も萌花がいないと、なんか世界から色が消えるっていうか、今まで溢れてた音が色を失っていくっていうか。俺にとっても初めてなんだ。そんな気持ちになるの」

「稜央…良かったね」
「お兄ちゃん良かったね。今度はちゃんと連れてきてください!」
「陽菜! あんた邪魔ばっかりするからダメよ」
「なんでー。仲良くしたいー。おねえちゃんほしいー」
「おね…あんた気が早いわよ!」

桜子は陽菜をたしなめる。でもこの時ばかりは笑いが溢れた。

* * *

萌花と稜央は学校帰りの駅までの道を歩いていた。
稜央の家は学校の近くだが、いつも萌花を送っていた。

「10月になったら進路指導が始まるじゃない?」
「うん」
「稜央くんはどう考えてるの? 進学」
「そうだなぁ」

あまり自由に選べるわけでもないから希望通りにはならないだろうし、むしろ希望もどうでもいいと稜央は思っていた。
高校進学と多分同じ。地元の国立大に進んで実家から通って、なるべく母親の負担を減らしたい。

ただ、それだけ。
でもそれはまだ言わなかった。

「まだはっきりそこまでは。萌花は?」
「うちは…好きなところ進んでいいって。家を出ても構わないって。そんな風に言われると思ってなかったから、ちょっとビックリして」
「へぇ…」

それぞれ事情があるとはいえ、そんな風に親から言われる萌花が少し羨ましかった。
兄を亡くした原因にも理由があるのだろうと思った。進路のことで揉めていたようだった、と聞いたから。

「稜央くんが東京へ出るなら私も東京へ、地元に残るなら私も近場でって思ってる」
「おいおい、それはあまりにも安易に決めすぎじゃないか?」
「だって離れたくない」

駅の改札前で、萌花は稜央に抱きついてきた。
「萌花…」

「私、稜央くんが進学で東京に行くなら、私も東京の大学受ける。いい?」
「俺を基準に考えるのはやめた方がいいよ」
「どうして? いつか別れるかもしれないから? そんな事考えたくない」
「俺だって考えたくないけど…逆に俺が地元に残るって言ったら? 萌花はむしろ東京に出た方が刺激も多いだろうし世界も広がるよ。こんなところにくすぶっていたら後悔するかもしれないだろ」
「稜央くんがここに残るなら私も残る」
「萌花。そういうのはやっぱりダメだ」
「遠距離になるの嫌なの」
「今はいつだって連絡取れる時代だし、平気だよ」
「嫌なの! 離れたくないの!」

困ったなと思いながらも稜央はそんな事を言ってくる萌花が愛しくてたまらなかった。

彼女とならずっと一緒にいられるのかもしれない…。
一緒に進路を決めてもいいのかもしれない。

萌花の柔らかくて温かい身体を抱きしめながら、稜央は安らかな気持ちでそう思った。

地元に残るか、東京へ出るか ー。

その選択肢は自分の親たちもその狭間で悩み、切ない決断をしたことを、稜央はまだ知らない。



#21へつづく

※ヘッダー画像はゆゆさん(Twitter:@hrmy801)の許可をいただき使用しています。

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