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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #2 ~異動初日

2021/07/12 少々加筆修正しています

1週間後。異動初日。

部の全体朝礼で辞令を受け取り挨拶をした後、野島次長は座席の場所を指示しただけで会議のためにすぐにどこかへ行ってしまった。

今回僕も関わろうとしているプロジェクトは、自社の基幹システムを刷新するというものだ。

何年かに一度は発生するものらしいが、ITの進化を取り入れていくものなので、毎度会社にとっても挑戦的なプロジェクトになるらしい。

「飯嶌さん。プロジェクトの概要資料、事前に確認してもらえました? 何か質問はありますか?」

あの超美人の前田さんがわざわざ僕の横に来て、声をかけてくれた。
笑顔が…眩しい。

前田さんは僕の向かいの席だ。野島次長が席を外している時は、ほぼ2人きりになる。

「あ、はい、ありがとうございます。今のところ大丈夫ですが…何せ今までやったことのないものですから…、後から色々教えていただくかもしれません」
「構いません。主要なプロジェクトメンバー構成は今日中に決まると聞いています。他にも質問があれば、いつでも訊いてください」
「そういえば、前田さんはバイリンガルなんですか?」
「まぁ、ちょっと」

照れたように笑って、指で "ちょっと" というゼスチャーをした。

おーい。
これで落ちない男がいるだろうか。
前田さんは絶対、自分を一番かわいく見せる手法をわきまえている。うん。
しかし悪いことじゃない。うん。

野島次長はこんな前田さんといつも一緒にいて、本当に揺らいだりしないんだろうか。
次長の家に遊びに行った時は奥さんとラブラブなとこ見せつけられたけど…。

「飯嶌さん、野島次長が引き抜いてきたって伺ってます。部内では飯嶌さんの話題で持ちきりだったんですよ。すごいイケメンだって。本当にそうですね!」

「僕、それ本当に恥ずかしいんですけど。全然大したことないんですよ。次長とはたまたま家が近所で」

「あら、そうなんですか?」

「はい。たまたま近所のスーパーで会って、流れで家に遊びに行って、そこで冗談っぽくうちに来ないか、なんて言われたのが、気付いたら今ここに僕がいるっていう」

前田さんは笑った。笑った顔もめっちゃくちゃかわいい。

おっと危ない。僕には美羽がいるんだぞ…。

「でも野島次長、大変な時に大きなプロジェクトが始まっちゃいますね」
「そうですね、もうすぐお子さんがお生まれになるんですもんね」
「はい。次長の家に遊びに行ったときに、奥さんにも会いました。かわいいい感じの人で…」

そう話すと、わずかに前田さんの表情が曇った、気がした。

「お子さんが産まれたら、前田さんも一緒に次長の家に遊びに行きませんか」

前田さんは明らかに動揺した様子だった。
「いえ、そんな。私は異性の部下だし…。私なんかが行ったら」

「え、大丈夫ですよ。僕も全然仕事の絡みなかったのに、むしろ僕、次長のこと知らなかったんですけど、でも呼んでもらって。それに次長って、めっちゃ奥さんとラブラブじゃないですか。異性の部下とか気にしないですよ」

「えぇ…でも、産まれたばかりだと色々大変だと思いますし…、私は遠慮しておきます」
「そうですか…」

前田さんは自席に戻ってしまった。

そういえば以前中澤が、前田さんと斎藤課長が付き合ってる噂があるって言ってたな…。そのことがあるからなのかな?

僕は背後の島、つまり隣の課にいる同期の中澤の席へ向かった。

「中澤」

「おぉ優吾。今日からよろしく頼むな」
「今日は社内か?」
「いや、この後出かける。なんだ、どうかしたのか?」

僕は斎藤課長と前田さんのことを訊こうと思ったが、やめた。
中澤が明らかに "戦闘前モード" の顔をしていたから、そんな話をするのが憚られたのだ。

「ちょっとプロジェクトのことで訊こうかと思ったんだが…、出かけるなら今度でいい」
「なんだよ、大丈夫だから話してみろよ」
「いや、いいんだ」

踵を返すと背後から「夜飲みいくかー?」と声がした。
僕は無言で後ろ手を振った。

* * * * * * * * * *

11時半。慌ただしく初日の午前中が去ろうとしてる時に、やっと自席に戻ってきた野島次長からランチに誘われた。

「飯嶌、初日なのにずっと席外してて悪かったな。昼飯、一緒に行くか」
「え、あ、はい…」
「じゃあ、後で」

野島次長が席に着くなり、すぐにあちこちから押印伺や報告資料のようなものを持ってひっきりなしに人がくる。

あんなに忙しい人なのか。慌ただしいな。

向かいの席の前田さんが、モニタの横から顔を出して僕に言った。

「野島次長は1on1ランチ、結構みなさんと行かれています。部下とのコミュニケーションをすごく大事にしてる方なので。そんなに恐縮しなくて大丈夫ですよ。それに」
「それに…何でしょう」

前田さんは更にヒソヒソ声で言った。

「食べたいもの、何でもご馳走してくださいます」
「それはありがたいっす」
「私の時は、オムライスでしたけど」
「それってめっちゃ普通じゃないですか」

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第3話へつづく


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