【連載小説】天国か、地獄か。祈りはどっちだ。#1-7
その男は僕の恋人だった。恋人というか、まぁ身体の関係だ。
ただ色々ヤバいことをやっている男で、様々な方面から目をつけられていた。
僕の所が安全パイと見込んだのか、2週間ほど前から僕の寮の部屋にこっそり転がり込んできていた男だった。
バーで知り合った別の友人の家で、クスリを決めながらダラダラと過ごしていた時に、家の持ち主の友人が銃を取り出してきた。
「リュウジは日本人だから、銃は馴染みがないだろ?」
「うん」
「こいつの親父はこれで女脅して、悪いことしてんだよな。もしかしたらお前の姉貴もこの銃の竿も○○してたりしてな!」
そう言い放ったのは僕の恋人の男、である。耳を塞ぎたくなるような卑猥な発言である。意味もわからない。酒も入り相当ラリっていて目はうつろ、身体もフニャフニャだった。
銃の持ち主は怒った。
「貴様、お前に言われたくねぇんだよ!」
恋人と友人が口論になった。僕は銃を弄んでいた。
そして、引き金を弾いた。
耳をつんざく恋人の叫び声と赤い血飛沫がこの上なく不快で、僕は銃を放り出して部屋を出た。
* * *
数日後、僕は珍しく実家に電話をかけた。
「母さん? お願いがあります…兄さんに、僕に連絡くれるよう、伝えてもらえませんか」
母はわかった、でも連絡しても出ない時が多いからいつになるか知らないけど、と言った。
僕も期待は出来なかった。
しかし、ほんの数日後に1本のメールが入る。
受け取った僕の手は震えた。
僕は手が震え、なかなか文字が打てずもどかしくなりながらも返信した。
送ってすぐ僕は嗤いがこみ上げてきた。
時の流れによってどう接していいかわからない戸惑いを如実に表していた。
そしてそんなメッセージを唐突に受けた兄は、今頃どんな顔をしているんだろう?
想像するとちょっとおかしい。
だからすぐまた送信した。
今度はすぐに電話の着信があった。登録してない番号だが、日本の携帯番号だから、兄に間違いない。
通話を押して聞こえてきたのは、懐かしさにも程がある声。
『隆次…?』
少し躊躇うような、でも僕の名前を呼ぶその声色、発音、音程…僕が人生で一番馴染み、心地良さを記憶している、兄の声だった。
「兄ちゃん」
僕も “幼い弟” に時を戻す。
泣きそうだった。
けれど気持ちとは裏腹に嗤ってしまう。
あまりにも久しぶりな弟がアメリカにいて、しかも銃で人を撃ったと言ってきて、平常心の人間がどこにいるというか。
いくつかの言葉を交わして、最後に兄は「日本に戻って来たらどうだ」と僕に言った。
「俺の居場所なんてどこにもないでしょ」
僕は答えた。
電話を切った後、兄の言葉を反芻して、本当に泣いた。泣き叫んだ。
何なら僕が兄に撃たれたかった。
『戻ってきたらどうだ』なんて、誰も、だーれも望んでなんかいないのに。
なのに、兄は。
僕は寂しかった。
僕を孤独にした兄。
そして今。
後日、聞けば本当に偶然にも兄が課長に昇進したと連絡が来た、と母から告げらた。
あんなに家のこと嫌っていたのにそんな連絡入れるのかと訝しく思ったけれど、兄が家を出る前に就職先の会社を乗っ取ると話していた事を思い出し、計画は順調だぞということを親父様に知らしめたかったのだと思い直した。
そしてその奇跡のタイミングに感謝した。
僕はアメリカで職には就かずに日本に帰る事にした。
どこだって一緒だと思った。どこにも居場所はない。
だったらここである必要すらない。
結局のところ日本だろうがアメリカだろうが南極だろうが、僕は僕だ。
風が何かを変えてくれるわけじゃない。
風はただそこに吹くだけ。
変えることが出来るのはたった一つ。
この頃の僕はそれが何なのかまだ気がついていないが。
僕は帰国し、渋々実家に受け入れてもらった。
更に兄と対面するまでには4年がかかった。
* * *
僕はまた実家の東南角部屋の部屋に住まうことになった。
兄には日本に戻ったことは伝えずにいた。
部屋を見回した時に、思わず出た声は
「兄ちゃん…」
だった。
あぁ、僕にとって唯一の居場所は、ここだったかもな、と思い出す。
#1-8へつづく
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