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【連載】運命の扉 宿命の旋律 #45

Aria - 詠唱 -


昼休み。
優吾は遼太郎に声をかけられて外に一緒にランチに出た。

数日前に遼太郎を誘って飲みに行った際、彼からとんでもない告白を聞いた。
家族にも話していないという、遼太郎の “過去”。

これまでも遼太郎は優吾にいくつかの告白をしてきた。
しかし今回のそれは、優吾には少々荷の重い話だった。

それでも優吾はなるべく普段通りに接しようと努めた。
ただ半歩先を歩く遼太郎の後ろ姿を見て、やりきれない気持ちが溢れそうになる。

"優吾、俺はどうしたらいい?“

あの時笑みを浮かべてはいたものの、頭を抱え心底困り果てた様子、そしてそんな言葉を吐く遼太郎を、優吾は見たことがなかった。
いや、彼の中にそんな弱音が存在するとも思っていなかった。

まだ若い優吾が的確なことを言えるわけもなく黙ってしまうと、遼太郎は『ごめん』と謝ったのだった。
そしてその後に『お前に話すと気持ちが楽になるんだ。お前の受け止め能力は抜群だからな。おかげで大迷惑かけてるよな』と言ったのだった。
優吾は『僕で良ければいつでも話してください』と言うのが精一杯だった。


その日はいつもの定食屋ではなく、個室のある店を遼太郎は選んだ。
夜はちょっとした割烹料理を出しそうな雰囲気だ。

席に着き注文を終えたところで、遼太郎は言った。

「優吾、インターンシップ生の川越萌花って知ってるだろう?」
「あ~、なんか食い気味でうちの部署に興味持ってくれた子ですね。橋本さんと楽しげに話してたな。僕より盛り上がってた」

遼太郎は、優吾らしいなとフッと笑った。
しかしすぐに笑みは消えた。

「川越萌花は俺の高校の後輩だ。その彼氏も高校の同級生だから、同じく後輩にあたる」
「はぁ…そうだったんですか…」

遼太郎はそこで含みを持って優吾を見た。優吾はぼんやりと遼太郎の瞳を見つめる。
「高校の後輩…彼氏も後輩…」

優吾はハッとした。合点がいったようだ。

「もしかしてその彼氏って…この前話していた…」

遼太郎は悲しみを湛えるように微笑んだ。

「彼女にまるでスパイみたいなことさせて、手が込んでるだろう? でも情けないよな。女の尻に隠れるような男が…俺の…」

優吾は茫然と遼太郎を見つめた。遼太郎も次第に苦しみに表情が歪んでいく。

「会ったんですか…本人に」
「…この前、直接訪ねてきたよ」
「…何を、話したんですか」

遼太郎の表情を見て、優吾はそれ以上の口を噤んだ。

「次長…大丈夫ですか」
「どうかな」

苦しそうな笑みを浮かべる遼太郎に、優吾は焦る。
遼太郎は相当参っている。無理もないだろう。

食事が運ばれてくると、気を取り直したように遼太郎は普段の表情を繕った。
しかしいつものように箸が進むわけではなく、優吾の器におかずをポンポン入れてくる。
若くて食欲も旺盛な優吾はそれらも残さず食べ、遼太郎はようやく笑顔を浮かべた。

ランチとしては豪勢な値段になったが、遼太郎はご馳走してくれた。自分はほとんど食べていないにも関わらず。

帰り道、行きと同じように半歩先を行く遼太郎の背中に向かって言った。

「僕…なにか出来ること…ないですか」

優吾は精一杯だった。『告白』による秘密を知っているのは僕だけだから、と。
遼太郎は少し振り返り力なく微笑む。

「余計な心配かけっぱなしだな。申し訳ないことした」
「いえ…お一人で抱えていたら…良くないです」
「優吾がいてくれて良かったよ。俺の素っ裸を知ってるのはお前だけだ」
「次長…出来ることなら何でもするんで…言ってください。僕、頼りにならないかもしれないけど」
「…ありがとう。頼りにしはしてるよ。でも今のところ何もない」

そう言って一度前に向き直った遼太郎は思い出したように振り返り、優吾に言った。

「もし俺に何かあったら…夏希のこと頼みたい」
「えっ…? ちょ、待ってください。それって…」
「俺は寄るところがあるから、先に戻っていてくれ」

遼太郎は後ろ手を振って去ろうとした。

「え、待って次長。次長はやっぱり、このことを奥さんに言うべきじゃないですか」

その声に遼太郎は茫然と振り向いた。

「あ…なんかそんな話されると、次長がどこかへ行ってしまうんではないかと思って…。そんな事になる前に、奥さんに全てを話すべきではないかと思ったんです…」

優吾がたじろぎながらもそう言うと遼太郎の目は力を失い、憂いへと移ろった。

「それが出来ないから困ってるんだ」
「えっ…?」
「夏希を傷付けることは出来ない…俺はそれだけが怖いんだ…」
「で…でも! 今の次長は全然次長らしくないです。そうまでして守るものなんですか? そうまでして守ることが、奥さんを本当に傷つけないと言い切れるんですか?」

そう言い切った優吾の言葉に遼太郎の表情は怒りや哀しみを含んで崩れ、優吾は一瞬怯んだ。

「優吾…お前は今度こそ、俺のことを見損なうだろうな」

苦しそうにそう言うと遼太郎は事務所とは別の方向へ去って行き、優吾は茫然とその後ろ姿を見送った。

* * *

自席に戻り、優吾は頭を抱え込んだ。
普段の様子と違う姿に有紗も心配になって声をかける。

「飯嶌さん…どうしたんですか?」
「前田さん…僕…」

優吾は泣きそうだった。どうしたらいいんだろう。
有紗も優吾のそんなに動揺する。

「僕…次長に…」
「次長に…どうしたんですか? 何かあったんですか?」

優吾は言えなかった。奥さんにすら黙っていて欲しいと言われたこと。
自分が最後に言い放ってしまった言葉。
次長が最後に言った言葉…。

一方で有紗も気がかりだった。
最近の遼太郎の様子。
インターンシップ生の存在。

数日前にサンドバックになってきます!と意気込んで飲みに行った後、優吾の様子に微妙な変化があったこと。

「次長を助けたいけど…僕には…僕は無力だ…」
「飯嶌さん…」

有紗もまた、同じセリフを抱えていた。
自分には何も出来ない。その無力さ。

そして優吾は遼太郎の言葉を頭の中で繰り返す。

“もし俺に何かあったら…夏希のこと頼みたい”
”お前は今度こそ、俺のことを見損なうだろうな”

どうしてあんなことを言ったのだ?
まるで遺言みたいじゃないか、と。

「いや僕、そんなこと黙って "はい" なんて言えませんから。いや、絶対に言いませんから!」

あまりにもはっきりと言い放った独り言に有紗は目を丸くした。

* * *

夜。
遼太郎が会社から出て来たところを、稜央はしばらく後を付けた。

メトロの階段を降りる前に声をかける。

「おい」

振り返った遼太郎は稜央の姿を見て目を細める。

「話したいことがあるから、ちょっと来てくれよ」
「…随分見上げた態度だな」

遼太郎は踵を返し、稜央の後をついて歩いた。
しばらく進むと、人気のない裏路地にあるビルの駐車場へ入った。

「お前、萌花に何したんだよ」

稜央は振り向くとそう言い、遼太郎を睨みつける。

「お前が彼女を差し金に寄越しておいて、何を言うんだ」
「萌花が直接お前に何かすること、あったか? お前が萌花に接触する必要ないだろ?」
「なんだ、お前知らないのか。彼女は俺に何度もコンタクト取ってきたぞ。お前の存在を俺に教えてくれたのも彼女だしな」
「え…なんだって…?」
「彼女はわざわざお前の存在を知らせた上で、俺に "逃げてください" って言ってきたんだ。もしかしてそれはお前の想定外の出来事だったのかな」

稜央は狼狽した。
けれどすぐに遼太郎のでっち上げただ、カマをかけているだけだ、と思った。

「彼女は今頃、お前の母親にも連絡しているかもしれないな。俺と会っていること、お前が俺にしようとしていることを」

遼太郎は笑みすら浮かべてそう言った。

「お前…萌花が俺を裏切ってるって言いたいのか」
「彼女はもっと大切にした方がいいな」

その言葉は稜央の逆鱗に触れた。

「お…お前が言うなよ! くそ…っお前がっ…そんなこと言える分際じゃないだろう!」

稜央はパーカーのポケットに手を差し込み、遼太郎に襲いかかった。




#46へつづく

※ヘッダー画像はゆゆさん(Twitter:@hrmy801)の許可をいただき使用しています。

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