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【連載】運命の扉 宿命の旋律 #44

Triad - 三和音 -


萌花は会社のアドレスに届いていたメールを見て驚いた。
野島遼太郎からだった。

送った動画を観たという。
萌花は今となっては背筋が震える思いだった。出来るなら彼は気付かない方が良かったからだ。

更にメールを読み進めると萌花に聞きたいことがあるから連絡をして欲しいという。
そこに書かれていたのは会社ではなく、プライベートの連絡先だった。

萌花は狼狽し鼓動が激しく波打った。
これから訪れる全てのことが不安でしかなかった。

だからこそ。
萌花は自分のスマホから遼太郎のプライベートの連絡先にメッセージを入れた。

どうか2人に悪いことが起こらないように。
そのためには私が何とかしなくては、という思いだった。

昼には返事が届き、今日の業務終了後に予定を入れて欲しいという。
早すぎる、と思ったけれど仕方がない。

萌花は承諾した。

* * *

場所は会社から少し離れた喫茶店を指定された。
稜央には会社の人と少しお茶をすることになったから遅くなるかも、と連絡を入れておいた。

約束の時間は19時だったため、定時で終了した萌花は1時間以上待った。
長いような短いような、落ち着かない時間だった。

やがて窓の向こう、通りをこちらに向かって歩いてくる遼太郎の姿が目に入ると、萌花の鼓動はひときわ跳ね上がった。

初めて見かけた時から威圧感があったけれど、今は尚更それを感じた。
彼の瞳は鋭い。
全身が震える。

遼太郎が店に入るとすぐに萌花の姿を捉え、真っ直ぐ向かって来た。
萌花は弾かれるように立ち上がり、頭を下げた。
顎を引くように遼太郎も挨拶をし、萌花の目の前に腰を下ろした。

「呼び出してすまない」
「いえ…」

遼太郎は飲み物を注文すると、すぐに萌花を見据えて言った。

「あの動画のURLを俺に送ってきたのはどんな意図なんだ」

単刀直入だった。彼は回りくどい言い方を一切しない。

「それは…」
「あの動画でピアノを弾いている青年は誰だ」
「…」
「なぜ俺にわざわざ “逃げて” と忠告した? 矛盾だらけだぞ」
「…」
「何も答えられないのか」

萌花は震え上がっていた。俯き、変な汗が流れる。

「君はこの前も俺を前にして酷く怯えていたな、スパイにしては弱々しいな」
「ス…!」

遼太郎は運ばれてきたコーヒーには手を付けず続けた。

「川嶋稜央。あの動画でピアノを弾いていた青年ってことでいいのか?」

萌花は遼太郎の口から稜央の名前が出て驚き、目を見開いた。

「アイツと俺を引き合わせるために、君はうちの会社に潜り込んだのか」
「あ…それは…」
「手が込んでるな。アイツは地元の大学へ通い、君はわざわざ東京まで出てきて俺のことを探りに来たのか? 壮大な計画なんだな」

ガタガタと震える萌花を見て遼太郎は嗤った。

「君はアイツの母親に会ったことあるのか?」

問いかける遼太郎に萌花は震える手を抑えて答えた。

「…あります」

ニヤリと妖しく笑んだ遼太郎に、萌花は更に怯えた。

「…こんなことってあるんだな。今の君たちと同時ように俺と彼女も君らと同じ高校に通い、大学で地元と東京に分かれた。二十歳の時に俺たちは別れたけれど。当時は俺も彼女もお互い夢中だったもんだがな」
「…野島さんも…遠距離だったんですか?」
「知らなかったのか? 彼女は地元に残って、俺は東京へ出た。休みになると彼女が上京してきて、俺の家に泊まり込んだ。立場は逆だが、やってることは君らとそっくりだろう? 気味が悪いくらいに」

萌花は衝撃を受けた。
まるで同じような運命をたどる親子に…いくら親子でもそんなことあるのか。だとしたらその運命はなんて残酷なのか。

「まぁ君たちはせいぜい仲良くやるんだな」
「野島さんは…どうして別れたんですか? 稜央くんのお母さんが妊娠していることを知って…」
「知らなかったよ」

萌花が言い終えないうちに、遼太郎は強い口調で言った。

「別れてから一度も会っていない。連絡も取り合っていない。彼女が妊娠した話も子供を産んだという話も一切耳にしていない」
「…別れたのは、どうしてなんですか。あなたは稜央くんのお母さんに夢中だったって…」

萌花は自分たちと重ね合わせて不安が胸に広がり、訊かずにはいられなかった。
そんな運命まで一緒にしたくない。

瞬間、遼太郎は萌花の前で初めて苦悶を浮かべ、その眉間に皺を寄せ目を閉じた。

「君も既にわかっているように、俺は酷い男だからな」

答えになっていない、と思ったけれど萌花はそれ以上問いただせなかった。
遼太郎は苦しそうな表情のまま、笑みを浮かべた。

「お前の彼氏は言ったよ。俺に復讐したいって。あんなに上手くて美しい旋律を弾く男が、心の中は憎悪でいっぱいとはな」
「復讐…」

やはり穏便になんか進んでいなかったのだ。

「稜央くんが初めて野島さんを見た時…会社の向かい側のカフェからあなたが出てくるところを2人で待っていたんですけど…その時、あなたの姿を見て稜央くん、泣いていました」

その言葉に遼太郎は一瞬呆然とする。しかしすぐに口元を引き締めた。

「それがどうした」
「稜央くん、会えて絶対に嬉しかったんだと思います。だってずっと離ればなれになっていた親子じゃないですか」
「俺はこれまで親子だなんて認識したことはない」

声を荒げることはなかったが、静かに強く言い放った遼太郎に萌花は圧倒された。

遼太郎はうっすらと嘲笑を浮かべ、続けた。

「君がいい仕事をしたのかわからないけれど、引き合わせには成功したな。君はもうすぐインターンシップも終わる。あとは本人同士でよろしくどうぞ、だろ」
「そ、そんなつもりではありません!」

しかし遼太郎は睨みつけるように萌花を見、その目の縁に差す朱を見て萌花は再び震え上がった。

* * *

家に帰った萌花は疲れ切っていた。
稜央にはこのことは話せない。何もなかったように振る舞わなければ、と思った。

「おかえり。遅かったね」

平穏に接してくれる稜央だったが、萌花の顔は引きつってしまう。

「どしたの…なんかあった?」
「ううん、何でもない。稜央くんもうご飯食べた?」
「いやまだ。萌花のこと待ってた」
「あ、そっか…ごめんね遅くなって」
「今から作るのも大変だし、外に食べに行こうよ」
「うん…」

2人は家の近くのファミレスに向かった。

メニューを見てあれこれ悩む稜央だったが、萌花は決めようともせずぼんやりとしていた。

「萌花…どしたの? 会社で何かあった? 先輩とお茶って…何か叱られたりしたの?」

稜央の言葉にハッとする。

「え、あ、ううん。そんなことないよ。ただもうすぐ終了になるし、まとめ作業とかたくさんあってちょっと疲れたかなって…」
「そっか…萌花の夏休み、俺が奪っちゃったようなもんだよな…」
「そんなことないよ。いい経験になったよ、企業で仕事するって…」

萌花はその先が言えなくなる。あの会社にコンタクトしたことで、思いがけない方向に事が進もうとしている。

「アイツに会うことも出来たし。萌花には本当に頭が上がらないよ」

萌花はギュッと目を瞑った。
2人は…稜央と遼太郎はお互いを「アイツ」と呼んでいる。

悲しかった。

「ごめん稜央くん、ちょっとトイレ行ってくる。稜央くんは先に頼んでて」

そう言って萌花は席を立った。

稜央が注文をしようとテーブルの上の呼び出しボタンを押そうとした時、近くにあった萌花のスマホにメッセージの着信を知らせるアラートが上がった。

差出人の名前が目に入る。

野島さん、とあった。

“え…野島って…。アイツがどうして、萌花の携帯に…?”

ロックが掛かっているからメッセージの内容は確認できない。
もしかして萌花の様子がおかしいのはこのせいなのではないか、と稜央は思った。

少しして戻ってきた萌花に稜央はスマホの画面を差し出した。

「どうしてアイツが萌花にメッセージ入れてくるの?」

萌花の顔からサッと血の気が引いた。

「萌花に何の用があるの?」
「それは…」

その時、稜央のスマホも振動した。

桜子からの着信だった。



#45へつづく

※ヘッダー画像はゆゆさん(Twitter:@hrmy801)の許可をいただき使用しています。

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