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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #12 ~コンフォートゾーンを広げる

翌朝。

昨夜野島次長から『感情を抑えること』と教えられた。

僕は緊張していた。
朝会が終わったら、鈴木課長の元へ直行しなければならない。

朝イチでメッセージが入っていた。橋本さんからだ。

鈴木課長の件、どうしますか?

僕は ”謝りに行ってくるよ“ と返した。すぐに ”私も行きます“ と返事が来た。

「今日の予定はこの後、鈴木課長のところへ行って謝ってきます」

朝会で僕がそう言うと、野島次長少し目を細めて肩をポンポンと叩いた。
前田さんも心なしか、普段よりも心配そうな顔で僕を見ている。

視界の隅に橋本さんの姿が入る。

「僕ひとりで行って来ようと思ってるんだけど」
「私も昨日は一緒にいましたし、一緒に行きます」
「でも橋本さんは何も変なこと言ってないし」
「いいから早く行きましょう。資料も作ってきたんです」

女性ってなんでこんなに逞しいんだろう...というか僕の周りには逞しい女性しかいない気がする。幸か不幸か。

 * * * * * * * * * *

鈴木課長は自席にいた。橋本さんを少し後ろに控え、僕は震える足で近づいた。

僕に気付くと課長は怪訝な顔をした。

「鈴木課長、昨日は大変申し訳ありませんでした!」

僕はもう単刀直入に謝り、上半身を90度折った。

「ずかしくも感情的になってしまいました。お願いする立場なのに本当に申し訳なく思っています。お許しください」

橋本さんも慌てて頭を下げた。

「お前の上司は口の利き方とか教えなさそうだしな」

野島次長の事を言われ、僕はまたカッとなってしまう。すかさず橋本さんが後ろから小突いた。

"6秒ルール..."

僕は拳を固めて6つ数えた。その間に昨夜の次長とのやりとりが過ぎった。

「昨日は今回の件で、次長からも厳しく注意を受けました」

「へぇ。もっとやり返せとでも言ってきたか」

この人はどこまで野島次長の事を嫌っているのだろうか。段々呆れてきてしまった。

「それよりも大事なお話があります。昨日も申し上げましたが追加で要望を頂いている件、本当に全て盛り込む必要があるのかどうか、もう一度確認させてください。今こちらに、今回の予算内で実現可能な範囲と、追加で頂いた分でどれくらい予算オーバーし、どのような影響があるのかを簡単ではありますが資料化してきました」

僕は橋本さんが用意してくれた資料を鈴木課長に提示した。

「ご覧の通り、当然開発以下工数が増えるため、人員確保には人件費がすぐにかかりますし、リリースを伸ばしてやるには、その後に控えている業務に影響が出るため、当然これも人件費の問題になってきます。今回は社内システム開発なので物を売ればすぐに回収、というわけにもいきません。なので別件として予算を計上して対応する方向にしたいです。そのためには業務でどれくらいの工数や人件費がかかっているのか、追加分を対応した場合としなかった場合の数字が必要です。やらないと言っているわけではないんです。実現するためには必要なんです。お願いします!」

再び頭を下げると、橋本さんも後ろで「お願いします」と頭を下げた。

鈴木課長は資料に目を通しながら、斜め前にいた主任を呼んだ。
昨日、初めに対応に当たった、本来の担当者だ。

「資料、こいつに渡せ」

主任は「はい」と返事をし、僕に言った。

「チャットで工数の入った資料をお送りしておきます。後でご確認ください」

「えっ?」

僕は主任と鈴木課長の顔を交互に見た。

「だから用意しておいたっていうの。早く確認して。こっちも仕事あるんだから」

「よ、用意?」

昨日、僕と鈴木課長がやりあっているのを見ていた主任が、僕らの要求を無視するわけにも行かないと、昨日のうちに工数をまとめておいてくれたとのことだった。

「あ、ありがとうございます!」
「お前と違って優秀だからな、うちの部下は」

相変わらずカチッと来るが、僕は耐えた。

「いやもう本当に、こんな僕なのにリーダーなんて、本当に皆さんに迷惑かけたり不安にさせることばかりだと思うんですけど、でも僕も優秀なメンバーに恵まれて、助けられています」

嫌味のつもりで言ったわけではなかった。
鈴木課長は鼻を鳴らしたが、最後には「まぁせいぜい頑張れよ」と言ってくれた。
前向きに受け取ろうと思いながら、戻った。

「飯嶌さん、良かったですね。主任に助けられましたね。アンガーマネジメントも今日はちゃんと出来ていましたよ」

「いや、橋本さんが資料作ってくれたし、後ろに居てくれたから助かったようなものだと思う」

そう言うと橋本さんは素直に「じゃ、そういうことにしておきましょう」と言った。

もう少し謙遜してもいいんじゃないか…。

とは言え、本当に助かった。

* * * * * * * * * *

自席に戻ると野島次長は相変わらず自席にいなかったが、前田さんが不安そうな顔をして僕らを見た。

「大丈夫でした。仲直りしたのかどうか微妙ですけど、要求した工数は送ったと言ってくれました」

チャットを確認すると、確かに資料が送られてきていた。中身を確認したが、要求した数字は全て入っているようだった。
僕はそれを前田さんに転送した。

「これ、オーナー会議で使えそうですか」

「はい、こちらでまとめたものに追加しておきます。これでどう判断が出るかで、今後のスケジュールや要員計画が変わるかもしれませんから、そちらの準備もしておかないといけないですね。でも飯嶌さん、良かったですね」

ホッとする僕の横で、まだ席に戻っていなかった橋本さんが前田さんの言葉を受けて満面の笑みを浮かべていた。

そうだった。橋本さんは前田さんのファンだったんだ...。

前田さんはそんな橋本さんを見て一瞬ポカンとしたけれど、すぐにお得意のキラースマイルを浮かべた。

* * * * * * * * * *

もうすぐ昼休憩を迎えようとする時間に、野島次長がようやく自席に戻ってきた。
僕と目が合うとすぐに向かってきてくれた。

「今日は鈴木課長から何も連絡なかったから、平穏に済んだと思ってるけど」

「はい! 平穏かどうかはわかりませんが、一旦状況は承諾してくださったと思っています」

その時、野島次長は一瞬眉を潜めた。

「承諾したと "思う" ということは、確かではないのか」

「状況は話した上で、僕らの求めている工数の入った資料を用意してくださいました」

「そうか。念のため改めて "頂いた資料を元に追加対応するか、別途案件化するか検討にかけます" とメッセージ入れておけ」

「は、はい」

「~と思います、は危険だ。相手はそんなこと思っていない可能性だってある。思い込みは齟齬の元だからな。お互い確証を持つようにしていってくれ」

「わかりました...」

僕はすぐに主任と鈴木課長宛に、追加要望の扱いについて改めて言語化してメッセージを送った。主任からはすぐに "承知しました" と返事が来た。

鈴木課長からは音信がなかったが、直接の担当者から連絡が来たのだからそれでいいだろうと思ったが、念のためその事を次長にも伝え、了承を得た。

やれやれ...なんとかモヤモヤをひとつ消すことが出来たかな...。

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第13話へつづく


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