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二刀流の挫折

(19)月子さんとノブちゃんへ

  数日間メールしないですみませんでした。毎日何をしているんだと聞かれるでしょう。日課は変わりませんが、二人に捧げるワイン探しには限界を感じてきました。毎日、毎日、スーパーやワイン専門店に出かけても結果は同じです。
 スーパーが大きくなればなるほど、スペイン全土のワインを揃えているばかりか、イタリアやフランスなど他のヨーロッパ諸国のワインや、チリや南アフリカなどのワールドワインも置いています。この国のスーパーは日本と比べるとかなり大きく、なかには従業員がローラースケートを履いて走り回っている、倉庫のような店もあるほどです。ワインコーナーも広く、高い壁のようにワインが積まれ連なっています。地震がない国の陳列の仕方は、こうも大胆になれるのかと感心、しばし見とれていました。

 ワインが高々と積まれている光景は迫力がありますが、マヨルカ島産となると非常に限られています。置いてあったとしても、他の店でも売っている代表的なワイナリーのもので、そのほとんどが日本ですでに販売されています。

 無理だということになれば、もう諦めるしかありません。すべてを――この世に生きていることも。

 口惜しいことに、やはり「これだ!」という理想のワインは見つかりません。色々と努力したのですが、どうやら諦めるしかないようです。また、挫折してしまいました。自分でもがっかりです。

 自転車で遠出をして、ビニサレムにあるワイナリーにも行きました。これは自転車で3時間ぐらいはかかり、往復6時間以上必要でした。ビニサレムには立派なワイナリーがいくつかあり、店内もオシャレでツアーやテースティングができ、その場でも販売しています[n1] 。いくつかのワイナリーを訪れましたが無駄でした。ビニサレム以外にも他のワイナリーを探したものの、住所が間違っていたのか、炎天下をさまよい歩くだけの徒労に終わってしまいました。3週間この島を探し歩いてもお宝ワインは発見できないのです、これ以上努力しても結果は同じではないでしょうか。


これ何だと思いますか?自分がよく利用していたスペインのATMです。宇宙船内のようですよね。

 土台無理な探検でした。ワインに関してはド素人、まったく下調べもせずにいきなりマヨルカ島に来てワインを物色しても、見つかるはずがありません。実は無理だということは、うすうすわかっていました。だから片道切符しか購入していません。いつ帰国するか決めていないどころか、帰るかどうかさえわからなかったのです。ワインが見つからないのなら、帰国する必要もありません。どうせ帰る場所などないのです。誰かが自分を待っているわけではありません。手ぶらで帰るぐらいなら、月子さんとノブちゃんがいる星に飛んで行くのが当然の帰結でしょう。

 自転車でワイナリーに遠出していた際、偶然に横道にそれ、岬にたどり着きました。岬を進むと、美しい海に突出した断崖がそびえていました。何万年、何億年にも及ぶ自然の力でできた断崖絶壁、絶壁の端に立ち数百メートル下を見下ろすと、波が鋭い岩に砕け、豪快な白い波の吹雪を上げています。

 波は黒い岩に打ち寄せ、その度に沖の方へ帰っていく。それを繰り返すたびに、凄まじい波の轟音が風に運ばれ、地上の絶壁までこだましてくる。沖から寄せてくる津波のような波は絶壁に衝突すると高く弾け、おびただしい数の白い泡となって引いていく。

 しかし、その寄せては返す波が一瞬静まり返る瞬間があります。その一瞬、自分は海の底に引き寄せられる誘惑を感じます。高まって高まって黒い岩に砕ける波の破裂は、海から自分を呼んでいる叫び声にも聞こえたのです。波は勢いよく突進し、岩に行く手を阻まれ、挫折する。衝突し挫折するその一瞬は、シャンパンのコルクを開けるなり、破裂音と共に白い泡がボトルからこぼれ落ちる瞬間に似ています。凄まじい波の挫折音、その後に泡が静かに死んでいく音、そして数秒の沈黙、それが自分を呼んでいるのです。

 挫折にも音があるのですね。知りませんでした。驚きです。その音は迫力のある轟音、潔い覚悟の音です。バ〜〜〜ンン、波が炸裂する爆発音、シャンパンのコルクを抜く音。それが挫折のファンファーレなのです。

 あと数歩この絶壁を先へ進めば、海の底に転落し、海の塵となるのです。もう心配することも、口惜しく思うことも、後悔も焦りもなくなります。誰の迷惑になることもなく、この地球から姿を綺麗に消すことができるのです。


曇りの日もあった。。。でもこれで本当に最後です。。。。。

 もうこれ以上他人に迷惑を掛けたくないのです。日本では電車に飛び込む人がいますが、「人身事故」は電車を遅らせ、多くの人にとって迷惑千万です。そのおかげで重要なミーティングに遅れたことがありました。「死ぬのは勝手だけど、最期ぐらい他人に迷惑をかけるなよ!」と、心の中で不快に思いました。自分は勝手に人のことを好きになり、迷惑をかけてしまったのですから、せめて最期ぐらいは綺麗にこの世から去りたい。

 そのぐらいの自由は人間に許されているはずです。国籍も性別も親も選べない。自分の性的趣向すら選べないのかもしれない。でも、自らの死を自らの意志で選ぶことはできるはずです。

 明日、日本にある自分のアパートの不動産屋に鍵と数万円の現金を送ります。アパートには貴重品も、未練のあるものも残っていません。すべて処分してもらっていいものばかり。敷金を3ヶ月分入れているので、それを使えばすべて処理できるはず。手紙には海外で仕事を見つけ、当分は帰国しないで働くつもりだから、アパートにあるものはすべて処分してくださいと伝えます。自分は身内のいない身ですから行方不明になっても誰も気にすらしないでしょう。誰にも知られず、誰にも迷惑をかけず、美しいスペインの海の塵となることができるのです。

 また、メールします。
 それが最後のメールになると思います。。。。。
 (続く)


 

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