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箸休め:私の思い・考え・祈り

農作物編、海産物編、とお読みいただいて、どんな感想をお持ちになりましたか?

私は、こういった事実を初めて知った時でも、今でも、マジかよ⁉︎嘘だろ‼︎ふざけんなよ‼︎と思っています。


親も学校の先生も、教えてくれなかった。
むしろ親も学校の先生も、同じ被害者だった。

真実を知っているはずの医者も政治家も、教えてくれなかった。
それどころか、私たちを騙し、病気を作り、金を搾取していたなんて…。


私に真実を教えてくれたのは、家族でも友達でもない、何の利害関係もない、ただただ誠実で優しい人たちでした。

押し付けるわけでもなく、買わされるわけでもなく、何の見返りも求めず、私の人生が少しでもより良いものでありますようにと願ってくれる”ただの良い人”たちでした。



平和な日本で育ってきた私たちは、あたかも、この世に本当に悪い人なんていない、誰もがみんなのために思いやるのが日本人の良さ、私たちは世界でもトップレベルに安全な国で生きている、長寿大国で安全な食べ物に恵まれて生きている、そう思い込まされて生きてきました。

そう思わせられる授業を受け、そう思わせられるテレビを見て、そう思わせられる政治家の演説を聞き、そう思わせられる環境の中で生きてきました。

これこそがマーケティングだったのです。
”そう思い込ませる”ことが、”彼ら”にとっては重要だったのです。
※”彼ら”とは誰のことなのかは後日書いていきたいと思います

私が、本当はこうなんだよ、この実験の結果を見て見てよ!といえば、多くの人は「陰謀論だ」「私にはわからない」と聞き流してきました。

ですが、コロナをきっかけに、人々の対応が徐々に変わってきました。
私が言っていることが本当だったと気づいてくれた人が少しづつ増えていき、話を聞いてくれるようになりました。


真実はいつも隠されていて、自分で調べなければたどり着けない。
まやかしの霧が晴れると、ここは信じられないほど酷い世界で、それはまるで地獄のようで…。
だけど、こんな世界の中で、どれだけ自分の人生を生き抜けるか、どれだけ人を愛せるか、どれだけ貢献できるか、どれだけ感謝できるか、どれだけ幸せを感じられるか、というテーマを持って私たちは生まれてきました。


お釈迦様は、この世に善悪はなく地獄と天国が混じり合っていて、人々が悩んだり苦しんだり地獄のように感じるのは、”無明(無知)より生ずる執着ゆえ”だとおっしゃいました。
それゆえにお釈迦様は、無明を断ずる(=真理を学ぶ)ことにより苦を断つことができるとして、人々に教えを説き、悩みや苦しみを取り除き、地獄のように感じていた世界を天国のように感じられる方法を教えてまわったのです。
地獄に行かぬよう、天国に行けるよう、というのは死後の世界の話ではなく、今、私たちが生きているこの世の話だと言えるでしょう。

仏教のお話の中に、こんなものがあります。

ある人が地獄と極楽を見学することになった。
地獄では、卓についたひとたちが長〜い箸を使って自分の皿に配られた食事を食べようとするが口に運べずどうにも食べることができず、空腹にあえいでいた。
一方極楽では、同じような卓に皆が座って同じような長〜い箸を持っていたが、皆向かいのひとにその箸を使って食べさせてあげていたので、誰ひとり飢えることなく皆ニコニコと微笑んでいた。

同じ世界に住していても、心ひとつ、皆が皆を思いやることでそこは極楽にもなるし、皆が自分のことしか考えないようであればそこはまた地獄にもなるのですよ、という寓話です。


私は、私に真実を教えてくれた人たちのように、家族でも友達でもない、顔さえ知らない誰かの幸せを願えるような、”ただの良い人”になりたくて、少しでも良い人になりたくて、このブログを始めました。

こんな世の中でも、みんながお互いを支え合い、みんなが幸せに暮らしていけるように、みんなにとってこの世が天国になるように、私は”情報”と”マッサージ”という二つの方法で貢献したいと思い、自分の身の丈にあった自分にできることをしています。



この気持ちに少しでも賛同してくれる方がいたら、是非シェアを宜しくお願いします🤗❤️


さあ、次は精肉・卵・牛乳について書いていこうと思います。
ここで少しだけお話ししておきたいのは、”ベジタリアン”という生き方を選ばなかったことについてです。

私がベジタリアンという生き方を選ばなかった理由は、人体の構造上、動物性の栄養素をとても重要視しているからです。
しかしながら、動物肉は胃腸に大きな負担をかけるため、健康を重視をする上では食べる頻度や調理方法に気をつけなければなりません。

また、ベジタリアンではないものの、動物保護的観点から、家畜の飼育環境の改善や、過剰な繁殖と過剰な屠殺・廃棄の改善がとても大切だと考えています。
今、人間がやっていることは、生きるための畜産ではなく、あまりにも醜い私利私欲のための非道な大量殺戮です。
私は、これには断固反対しています。

私たち人間と、動物の命は同じです。
生まれてから死ぬまで、他の生き物の命をいただき、種の繁栄を大きな目的とし、今を生き抜いています。
これは、菌も、ウイルスも、植物も、動物も、人間も、全てに共通していることです。

だからこそ、私たち人間はしっかりと安全な食べ物を選び、すべての命に対して優劣をつけることなく尊重し、命を頂いて今を生きられていることに感謝しながら、”食べる=生きる”べきだと考えています。


食の安全を学ぶことは、私たちが今日いただく命の”生まれてから死ぬまで”を知ることでもあります。

今一度、”いただきます”の意味を考えながら、各々の感性で食の安全について考えていただければと思います。


皆さんの日々が、少しでも良いものでありますように❤️

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