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あきらめて、逃げ帰る、ってことには、ならない。。。なんで? っていう話です。

段取りして、ちゃーんと準備してたのに。。。

これで完璧だって思ってたのに。。。

なのに、想定外のことが突然発生したりすると。。。

もうねー、自分は性格的に、すぐパニックになっちゃう。

あのとき、あんなことが起きた時も、パニックになったし。。。

このとき、こんなことが起きた時も、パニックになったし。。。

数え上げたらキリがないよ。。。

今日の聖書の言葉。

そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、 忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。 希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。
ローマの信徒への手紙 5:3-5 新共同訳

想定外のことが起きたら、もうね、ひたすら耐え忍ぶしかない。

だってさ、ぜんぜん想定してなかったんだもん。

どうしようもないじゃん。。。

でも、想定外のことを経験して、それと同じことがまた起きた場合には、もうパニックにはならない。。。

だって、一回経験済みだから。

スゴイもんだね。たった一回でも経験したら、なんとなく慣れちゃうんだからさ。。。

そんなわけなので、三回目、四回目が起きた日にゃあ、そりゃもう、熟練の域に達しちゃってる(笑)

今日の聖書の言葉は、苦難が忍耐を生み、忍耐は練達を生み、って言ってるけど。。。

【練達】 物事に習熟して、それによく通じていること。また、そのさま。熟達(by 精選版日本国語大辞典)

熟達だって。。。なんか、かっこよくない?

【熟達】 熟練して上達すること。なれて、上手になること(by 同上)

でもねー。。。

襲い来る苦難にすっかり慣れちゃって、あー、また来ましたねー、ハイハイ、ホイホイの、サッ、って身をかわせるようになってしまう、っていうのも、なんだかねー。。。

なんだか、望ましいような、望ましくないような。。。

複雑な気持ちだ。

ハイハイのホイホイが、ずーっと続く、っていうのも、それはそれでツライものがあるよね。。。

まあ、なんとかそれでやって行くけどさ。。。

でも、いつの日か、この苦難がきっちり終わってほしい、って、誰もが思うんじゃないだろうか。

自分はクリスチャンなので、苦難が完全に終わる日が来る、っていうことを信じている。信じ続けている。

それは、イエスが「王」として再びこの世界に到来する日だ。

その日には、健康の問題も、人間関係の問題も、経済の問題も、世界の問題も、疫病の問題も、スピリチュアルな問題も、死の問題も、あらゆる問題に、イエスがきっちりカタをつけてくれるに違いない。。。

そう期待している。。。

だって、聖書がこう言っているから。。。

見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、 彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。
ヨハネの黙示録 21:3-4 新共同訳

上記のコトバは、紙に印刷された文字に過ぎない。

だから、保証としての効力は、なにもない、っちゃー、ない。

だって、紙だもん。。。

でも、自分はその紙を握りしめて待ち続けているだけじゃあ、ない。

希望はわたしたちを欺くことがありません
わたしたちに与えられた聖霊によって
神の愛がわたしたちの心に注がれているからです

紙ではなく「神」の霊が、自分のハートに愛を注ぎ続けていてくれるんだ。

それは、ハートにダイレクトに注がれる「神」の愛なので、リアルなものとして実感することができる。

それをどう説明したらいいのか。。。

わかるから、わかる、としか言いようがないんだけれど。。。

でも、この実感があるから、待ち続けることができるんじゃないのかなー、って思う。

あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。
ローマの信徒への手紙 8:15 新共同訳

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