『桃』
親より息子のが田舎に住んでるって
いまどきめずらしくはないだろうけど
なんだか滑稽な話
島への定期便は
台風のおかげで2日欠航した
母から届いた桃が
だいぶ傷んでた
そんな事情はわざわざ
伝える必要もないから
無事に届いたとのメールを送る
都会に母はひとり暮らしている
身体は歳のわりに丈夫で
送られてきた桃は
お友達とバスツアーに行ったから
だって
親父と兄貴があの時に
そのことは思い出しても仕方ない
俺は俺のわがままで
脱サラして
民宿を始めて
えぇともうすぐ
2年になるかな
嫁にも苦労かけたし
子供もこっちに馴染むまで
少しかかったけど
ようやくなんとか落ち着いた
実家の文具屋は
親父がリタイアしたあと
兄貴が引き継いでた
シャッター街のなかで
割と頑張っていたと思う
いまどきノートと鉛筆だけじゃ
商売にならないから
近所の老人を集めて
パソコン教室をやったりして
サラリーマンになった俺は
それがなんだか羨ましくなって
それで脱サラして
この島へ
ところがこっちが
軌道に乗ったと思えば
その実家のほうで
親父と
兄貴が
揃って逝った
同じ商店街にある
昔から行きつけのスナックで
二人とも飲んでいた晩
ママも心配するくらい
泥酔して
そこを信号無視のクルマに
跳ねられたんだと
その一報をくれた母は
とても穏やかだった
俺もまったく
動じなかった
悲しみがないとは言わない
大切な思い出も
たくさんある
しかし不思議と
実感がわかない
あるいはそれは
離れて暮らしているから
いやしかし
母も同感なわけだから
そんな風な心持ちを覚える理由
あとから警察が教えてくれた
事情を聞いて
合点がいった
親父と兄貴は
どちらもママに惚れていた
(兄貴からみてかなり年上)
当日もママを巡って
みっともない親子の口論
仕方なしに店を仕舞い
送りだしたママ
店の片隅で一部始終を見ていた
ママの内縁の夫が
(その関係は秘密で)
怒りと呆れから
うちの馬鹿親父と阿呆兄貴を
轢いたんだって
あぁ
傷んでるけど
桃
旨いな