『櫃沢ボウル』
父と母の初デートの場所だった
櫃沢ボウルが閉まるという
爺ちゃんも晩年
健康促進を謳って通っていた
地元唯一のボウリング場
たぶん歴史は60年くらいあって
そんな場所だから
ボウリングを趣味にしていなくても
この街に暮らしていて
思い出のない人はいない
閉館の噂はたちまち広がって
ここ数年は閑散としていた
櫃沢ボウルも
平日でも待ち時間がでるほど
そんな具合だから
支配人は考えて
"最終日"は
ふつうのレーン貸出じゃなくて
みんななかよく
ひとり一投ずつ
というイベントになった
結果的に”最終日”には
1000人近くの
申し込みがあったというから
その愛され方たるや
いやオレはアタシは
そんなイベントじゃ嫌だ
ちゃんとしたゲームがしたい
そんなひとたちも少なからずいて
これまで予約なんぞ受けていなかった
櫃沢ボウルは
最終日のイベント前日だけ
”実質上の最終日”
と銘打って
予約を受けることになったという
ところがどっこい
予約の電話は鳴り止まず
受付にも
予約のための
長蛇の列
とても捌ききれなくなった
スタッフたちは
支配人に談判して
閉館の見送りを訴えた
ところがテナントの事情だとか
そういうこともあり
どうしても最後の日は決まってる
悩みぬいた支配人が出した答えは
"実質上の最終日イブ”
元来クリスマス当日より
クリスマスイブが好きな日本人
予約は瞬殺で埋まり
ひとは溢れかえる
いよいよ迎えた
最後の3日間
”実質上の最終日イブ”
”実質上の最終日”
”最終日”
すべて滞りなく
盛況のうちに終わった
マスコミにも取り上げられ
なかには地元出身の
有名人のコメントとともに
報道されたケースも
そんな頃合いも儚くて
閉館から1か月もすれば
櫃沢ボウルのことなんて
みんな忘れてしまっている
物件は取り壊されるのかと思ったら
大手の遊技場チェーンが
居抜きでボウリング場にするらしく
切ないんだからやるせないんだか
よくわからないお話
そんなボウリング場
日本のどこかに
きっとあるはず