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『会社に包丁を持って行く』


会社に包丁を持って行く


別にただちに

誰かを刺すつもりなんてない


ただなんとなくかっこいいだろ?

ビジネスバッグに

よく研いだ細身の刺身包丁を

潜ませているなんて


高校のときに

サバイバルナイフを鞄に入れてる連中

何人かいたよな


俺はその頃まだガキで

そいつらのヤバさに気づいていなかった


ところが就職して妻と子を持ち

役職に就いてから

ようやくわかったんだ


俺には包丁が似合うって


俺を怒らせたら

どうなるかわかってんの?


--


職質された


会社から駅までの道すがら

いつもの帰り道で


よくテレビの警察ドキュメントでみる

職質の目利きはほんとうにいる


俺がまいにち

自覚はないけど

なんだか怪しげなそぶりで

交番の前を通過しているのを

見抜いていたようだ


新聞紙を何重にも巻いた

刺身包丁が露呈した


ただの包丁でも

目的もなしに

こうやって持ち歩いていると

立派な犯罪だというのは

警官から言われる前に知っていた


「す、寿司屋なんです」


いまどきのお寿司屋さんは

スーツにネクタイで通勤するんですね

なんていう嫌味を言われたもんだから


「おまわりさんあなた家族は?」


っていう逆質問をした


そんなこと関係ないだろうと言うから

いいや大事なことだぞと反論し

無理に答えさせたら

未就学児が2人いると


「そしたら回転寿司行くでしょ?」


寿司屋っつったって

カウンターで値段も書いてないような

いちげんさんお断りの

そんな店ばっかりじゃないんだ


こっちは大手チェーンに雇われの

サラリーマンなんだよと

俺はなんとか諭したわけ


警官はううんと唸っているから


「あんたに寿司の何がわかるんだよ」


と吐き捨ててやった


警官自身は生ものが苦手で

子供たちは

コーン軍艦やハンバーグ寿司専門

奥様は第三子を妊娠中だから

やはり生ものを控えているらしい


「ほらな?だろ?」


といった感じで

なんだかわからないままに

職質から解放された俺


あぶないあぶない


ちなみに俺

じっさいに寿司チェーンの社員で

商品の仕入れを担当しているけど

コーンとかハンバーグとか

魚介以外の担当だから

刺身包丁には

縁がないんだよね


警官との別れ際

聴こえるかどうかの絶妙な音量で


「魚も店に来る時点ですでに切り身だよ」


とつぶやいてみた


なんだか気まずいから

明日からはちょっと迂回して

通勤しようと思う













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