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『飛蚊症』


私の網膜には

時季を問わず

黒い点が行き交っていて


飛蚊症と呼ばれる

病気ともいえないその

やっかいな虫は


ときに私の神経に針を刺して

腫れさせて

苛立ちを与えてくる


日頃の生活の圧迫に

潰されそうなとき

青い空を見上げる

なぜか蚊は飛んでいない


ささやかな幸せがあって

それを噛みしめようと

これまた青空に目を向ける

そんなときに奴は現れて

ちょっとした幸福感が

削られてしまう


私の目に棲む蚊は

常に飛んでいるのだけど


私の神経が

それを気に留めるか否か


--


会社を辞めた


次の当てがあるわけでもないのに

上司からのハラスメントや

ノルマの重圧に耐えきれず


辞表を提出したその後


罵声を背中に浴びながら

窓から外を見た


蚊が2匹に増えていた


上司のほうを振り返れば

私の提出した紙はびりびりに破られ

ほうぼうに散らばっていた


上司の背中越しの真っ白い壁


蚊が3匹に増えていた


同僚たちから

冷やかな視線を浴びつつ

すごすごと席へ戻る


同僚たちの目には

蚊は飛んでいないのか


いっぽう私は

視野に入る

20人ほどの同僚が

すべて蚊に見えて


それゆえか

気が付けばひとりの同僚を

両掌で殴打していた


同僚に血は流れなかったが

返り討ちにされて

私が血だらけになった


らしい

正直記憶があまりない


退職など断じて許さない

そういう劣悪な環境とはいえ


こんかい流血騒ぎとなり

病院へ運ばれたことをきっかけに

私は被害届を出し

また弁護士へ相談して

会社を正式に辞めることができた


もうすぐ退院できる


ところがもう私には

暗闇以外

何も見えない


それでいいんだ


夏が終わったから

きっと蚊の連中も

いなくなっていることだろう





(あとがき)

私も昔から飛蚊症があります。疲れてるときなどに、空や白い壁なんかを見るととくに気になりますね。いらいらする。






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