『顔が好み過ぎて』

高速道路上の多重事故で

たくさんの人が亡くなったという

不幸なニュースをラジオが伝える

助手席の彼は

まったく笑えない冗談を飛ばして

彼いわく

ブラックジョークも言えない

こんな世の中じゃって

憂いているけど

単にあなたのジョークとやらが

ものすごくつまらないんだよって

言い返したりはしない

顔が好み

彼の

顔が好み過ぎて

すべてがどうでもいい

彼は居丈高に振る舞うけど

内心が臆病なのはわかってる

わたしが働いて

彼を養いたい

歩くATMだって

友達から揶揄されても

わたしはかまわない

さいわいなことに彼は

暴力をふるってきたり

モラハラのようなことはしない

温厚な性格の持ち主だから

顔さえよければ

すべて許せてしまう

あぁきょうもドライブ

とっても楽しかった

食事をして

ちょっと買い物をして

彼の家の前まで送って

いつも不思議なのは

彼と離れてしまうと

彼の顔がまったく

思い出せないこと

写真に撮って

あとで見返そうとしても

スマホの画面の

彼の顔の部分だけが

ブラックホールみたいに

真っ黒に塗りつぶされていて

もちろんそんな加工

わたしが自分でするわけがない

彼にも

その写真を見せようとしたら

その時にはしっかり写っているし

なんだかほんとうに

不思議だなって

でも怖さはまったくなくて

だって彼の顔を見たくなったら

いつでもビデオ通話してよと

彼は言ってくれるから

あぁ家に着くまで

我慢できない

今すぐビデオ通話しちゃおう

彼への発信を手元で操作していたら

つい自分が下りるインターチェンジを

逃してしまいそうになって

慌ててブレーキと

レーンチェンジ

彼の顔が

すごく好み

だけど彼の顔が

思い出せなくて

たくさんの人に

迷惑をかけてしまったみたい