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『さえない窓際』


私のデスクからは往来が望める


ビルは大通りに面しており

私の所属する営業部は

12Fに位置する


コーヒーをすすりながら

豆粒のような人々の行き来を

仕事の合間に眺めると

束の間の息抜きになる


窓は南西にひらけていて

とてもすがすがしい

幸い私の髪の毛は寂しくないから

光を増幅させることもなく

日差しが眩しいときは

ブラインドを落として


私と同期のYが

処分を受けたと聞いた

ハラスメントの類かと思いきや

なんとインサイダーの疑いで

場合によっては

書類送検の怖れまであるとか


耳を疑った


だがすぐに察した


Yは資材調達をする部門の

部長を務めている

特定の調達先との大口契約が

近く控えているとすれば

その前後に先方の株を買って

売り抜ければよい…


という役員からの圧力が

かかっていたとしか思えない


Yは至極実直勤勉

だからこそ与えられた仕事への

熱意がありあまって

部下をどやしつけたりも


ところがいっぽう

上役の指示には

身を粉にして従うから…


Yには正義感がなかった

私は同期として

酸いも甘いも共にしてきたけど

その実直勤勉さは

正義感ゆえではなかった


背中を押されれば

その方向へとぼとぼ

横から風が吹けば

そちらへひらひら


言ってみれば

自分を持っていない男といえる


窓の外を一瞬

黒い何かが上から下へ


往来に目を落とす

なんとスーツ姿の男が

血を流して倒れているではないか


悪い予感がした


Yの所属する調達部は

ちょうどこの上の13F


すぐに救急車とパトカーが

駆けつけた


担架で運ばれていく男


我が部署も

野次馬根性の強い連中が多く

一時はフロアから誰もいなくなった


戻ってきた者に

状況を訊いた


悪い予感は的中した


身を投げたのは

自らの置かれた立場を

嘆き苦しんだ

あのYだったようだ


背中を押されれば

その方向へとぼとぼ

横から風が吹けば

そちらへひらひら


そんな性格が

災いしたのか


無残な最期としか

言いようがない

我が同期よ


いっぽう私は

背中を押されても動かず

横から風が吹けば

必死でしがみつく


さえない窓際


ここに座ってから

かれこれン十年


もう誰も

背中は押してくれないから


もう少しここに居ても

良いだろうか





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