『待ち宵』
けさ荷造りはすっかり終えたと思ったのに
バイト先に最後の挨拶をして
帰宅してそれで
最後のチェックをしてたら
押し入れの奥にごっそり本の類があって
閉口した
慌てて本の買取屋に
自転車を飛ばす
あと30分もしないうちに
たぶん引っ越し屋がくるんだよな
値切って値切って値切ったら
段ボールの数は制限されるし
時間も夜にされるわ
まぁ貧乏人には仕方ない話
最古参ファンの
さよりさんからメッセージ
”聞いたよいきなり辞めるって”
たしかにさよりさんには内緒で
僕はあのバンドを抜ける
だってそんなことを言ったら
どんな反応されるかわからないし
"今夜のライブも来ないってこと?"
そう
僕は出ないよ
もう新しいメンバーが居るし
とくにそんな返事も
さよりさんに返すことはしなかった
紙袋を両手にいっぱい
発掘された古本はぜんぶで
220円になった
パンが食えるから良しとする
母親には今夜の長距離バスで
帰ると伝えてある
オンラインで面談をして
合格をもらってる会社には
来週から出勤の予定
音楽とはいっさい関係ない
なんだかの部品を作る会社
"今夜のライブ、プロデューサーのLさんが来るって"
二度見した
さよりさんからのメッセージを
めずらしく二度見した
無名の新人を何組も
世の中に解き放っては
スターにさせているL氏
そんな人が僕らの出るようなライブに
インターフォンが鳴る
あぁいよいよ
引っ越し屋が来たなと思ったら
国営放送の集金だった
もう僕出ていくんですけど
さよりさんからは
音声着信が何度もある
僕はスルーし続ける
引っ越し屋が
いっこうに来ない
しびれを切らして
僕は引っ越し屋に電話をかける
明日だった
僕はみっともないことに
一日勘違いしていた
脱力してそのまま眠りこけた
またインターフォンが鳴った気がする
--
「さよりさん」
僕はいまだにこう呼ぶ
「なぁに?」
妻が相槌を打つ
「あの時、抜けといてよかったよね」
「そうね」
「メジャーデビューはしたけど」
「Lさんにしては空振りだったね」
昼休みの社員食堂で
妻とふたり
昔話を垂れ流す
窓の外のすすきが揺れる
そんな風景も
わるくないだろって
僕はいつも思う
(あとがき)
拙作は募集しましたひとことお題よりももまろさんのワード「待ち宵」をタイトルとし、しめじさんからいただいた「終わりの始まり」「幸せはなるものじゃなく感じるものだ」「なるようになるさ=なるようにしかならない」をなんとなくちりばめ、雪華さんリクエストの(戸棚の奥で賞味期限をだいぶすぎた)カルピスっぽいテイストにしてみました。
一気にこなした感を出したいわけじゃなくて、引き続きいただいたお題で別の作文もしようと思います。
みなさんありがとうございます。
まだ募集していますので、よろしくお願いしますね。