『「あんまりうまそうだったからさ」』
ゲリラがあった
街が荒れた
陸続きの隣国へ流れんと
多くの人々が押し寄せる
ところがざんねん
この国境検問所は
5日も前から閉鎖されていて
政府のお達しなどではない
混乱による封鎖でもない
所長不在による
ビザの支給権限の凍結
不正に手続きをしようにも
肝心のスタンプを保管した金庫
その鍵は所長のみが持っていて
もっともこれは初めて話ではなく
いまの所長が赴任して早数年
幾度となくこういうことはあった
昨夜飲みすぎた
奥さんと喧嘩した
スーパーでバナナが安い
などなど
そのつど理由をつけては
欠勤する所長のせいで
検問所の往来はストップする
このことを上申しても
所長以上に怠慢なのは
政府のほう
話は戻って
それにしても今回の欠勤は長い
しびれを切らした
最年長の所員が
所長に電話を入れる
想像を裏切って
すぐに所長本人が電話を取った
「あぁすぐ行くよ」
これまた想像を超えた返答
小一時間ののち姿を現した所長
所員への詫びのしるしか
バナナの房を抱えて
一本ずつちぎって配る
「まぁ聞いてくれよ」
そもそも封鎖しているから
検閲業務はなくて
ゲートの向こうでひとが騒ごうが
バナナを頬張ることのほうが
所員にとっては優先事項
「甘くてうまいよな?」
照りつける太陽が
荒野にぽつんと建った検問所を
容赦なく襲ってくる
だからたしかに
黒みがかってしまってはいるが
バナナはうまい
「あんまりうまそうだったからさ」
道端のバナナ売りの屋台で
一目ぼれをした所長
そのとき持ち合わせがなくて
ついビザのスタンプを保管した
金庫の鍵とバナナを
交換してしまったんだって
「でもそれじゃまずいだろ?」
だからこの3日間日雇い労働をして
鍵を買い戻すカネを用意して
きょうこのあと
交換するんだって
もうすぐそのバナナ屋
来るんだって
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そんな話を聞いてから
そろそろもう一週間経つけど
バナナ屋来ないじゃんか
どうなってんの所長
国境そろそろ
パンクするよ
街を支配していたゲリラは
そろそろ静まったと
ラジオが伝えていた