『クラゲ』

姉の子を預かった

結婚記念日くらい

夫婦ふたりで食事に行きたいと

姉が吐露していたもので

来年の春から小学生

何度も会っている姪っ子

手を引いて

電車に乗って

水族館へ

ラッコさんだよ

かわいいね

クラゲさんだよ

ふしぎだね

イルカさんのショーが

始まるのかな

休日だから

開演３０分前には

もう席は満杯

俺は姪っ子を抱き上げて

最後列の後ろの柵から

近くで観たいよ

ごめんな

って

それでも充分に迫力があって

姪っ子は楽しんでいたから

俺もあんしんして

売店で

ラッコのぬいぐるみと

イルカのキーホルダー

それに

クラゲのフォトアルバムを買って

姉の家に送り届けたわけ

義兄はいつも

俺に遠慮がち

きっともともと

そういう性格

でも夕方俺が

姪っ子を引き渡すと

いつにもまして

なんだかさえない表情で

すぐに俺が自分のアパートへ

引き返そうとしたら

ちょっと寄っていかないかって

姉に逃げられたみたい

えっ

なんでだよ

結婚記念日で

高級ホテルのフレンチで

最高のランチだったんじゃないの

そうやって俺は

義兄を半ば問い詰めた

（そりゃ姉の肉親だからね）

訊けば義兄は

半年前から

身体を壊して

会社を休んでいるらしい

そしていよいよ

居場所がなくなって

遠回しに退職を

勧告されたとのこと

その話をきょう姉に

伝えたんだって

そしたら姉はそのまま

ナイフとフォークを

テーブルに叩きつけて

どこかに去ってしまったらしい

ねぇクラゲさんって

痛みを感じないんだって

姪っ子が雰囲気だけは察したか

義兄にそうやって投げかける

俺も義兄も

思わずくすっとする

姉はにんげんだから

痛みを感じて

たぶんそのうち帰ってきますよって

根拠のない楽観的なもくろみを

俺は義兄に伝えたわけ

そしてその晩そのまま

俺と義兄は

教育上あまりよろしくないけど

姪っ子を抱き抱えて

四畳半しかない場末の町中華で

肩を並べてみて

瓶ビールに

餃子と

クラゲきゅうり

義兄ははじめからずっと

競馬とボートとスロットの話

ついこないだも

給料ほとんど

持ってかれたって

なんだか得意げに

コップのビールが空く頃

トイレに義兄が立つのをみて

俺は勘定をせずに黙って

姪っ子を抱いて

店を出た

姉からメッセージが入る

きょうはいろいろ

ありがとうって

そんなことが

書いてあった