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『無番地の母』


遠く離れたまちに独り暮らす母


唯一の身よりの俺が

病を患ってしまったものだから

せいぜい手紙やモノを送るくらいしか


何年か前

俺が家を出たあとの話だけど


実家つまり今も母が住むあの家が

周辺の再開発に伴う区画整理に際し

行政のほうの不手際によって

無番地となってしまった


本来であれば至極不便となって

役所に抗議のひとつもするのだが

元々通っていた電気ガス水道

すべて以前と同じように使えて

いっぽうで「ない」ことになっているから

料金の請求もされないというわけ


もっとも病院にかかろうにも

国民健康保険からも抹消されていたりと

そういう点は難儀するけど

俺よりも母のほうがはるかに丈夫で

無番地で元気に暮らしている




ただ寂しいことには間違いがなくて


だから俺はときどき手紙やモノを

送ってやっているというわけ


郵便物も届かない無番地にどうやって

それは俺が私的に人を雇って


いまどきネットで探せば

いくらでも請け負う人はいて


もっとも

ただカネ欲しさに動くやつは

荷物を届けずに

逃げる可能性もあるから

そこだけは気を付けている




そろそろ果物が旨い季節だ


俺は自宅に取り寄せた果物の箱

その荷札を剥がして「運び人」を待つ


今回請け負ってくれるのは

母とちょうど同い年の男性


写真で見る限り

清潔感のある紳士

そんな印象を抱いた


その人が荷受けに俺の家へ来て


ああ写真の通り素敵な方だ

物腰もとてもやわらかい


俺は報酬の半額をまず

手付金として渡して

どうかよろしく頼みますと

その紳士を見送った


--


母からの手紙が届いた


無番地らしく

封書の裏に差出人の住所はなくて

名前だけが書いてある



おいしい柿をどうもありがとう

それからもっと大事な報告があるの

今回来ていただいた運び人の方と

お母さんお付き合いを始めました

素敵な出会いをどうもありがとう



そんなことが綴ってあった


しばらく俺から手紙は

送らなくてもいいかもしれない




残り半分の報酬を振込む

金額を少し弾ませておく








































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