『「そういうの、いけないんだよ」』
突然玄関のチャイムが鳴って
料理の途中だったものだから
なんだかわたし慌てていて
覗き穴も確認せずに
ドアを開けてしまったの
「〇〇警察署のものですが…」
警察にやっかいになる覚えはない
何事かと思えば
「詳しくは申し上げられませんが…」
向かいのマンションに
凶悪犯が潜んでいる可能性があって
その張り込みのために
わたしの部屋を使わせてほしいとのこと
おんなの一人暮らしですからって
はじめは丁重にお断りしたんだけど
「ご協力ありがとうございます」
これも社会貢献かなって
そして何よりすぐ近くに
凶悪犯がいるなんて怖いし…
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「あの、恐れ入りますが、手洗いを…」
貸したくなかったけど
仕方ないよね
「すみません、ちょっと出前を…」
えぇわたしが電話するの?
まぁ目が離せないなら
「何日か泊まらせて…いただきます…」
ちょっとちょっと
さすがに…
「私は刑事です、信用してください」
そんなこんなで
時はずるずると流れて
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「ねぇあなた、きいていいかな?」
「なにさ」
「凶悪犯なんて、初めからいなかったんでしょ?」
「さぁ…ね」
「そういうの、いけないんだよ」
「だったら家にあげなきゃよかっただろう」
「通報しちゃおうかな」
「もう時効だよ」
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まだストーカーなどという言葉が
世の中に出回るずっとずっと前
わたしたちがもっと若かった頃の
おはなし