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『電話』


あぁかんぜんに終わった


俺はかんぜんに終わった


平日より少し遅めにとこを出て

リビングに出てみれば

涙をこらえてうつむく妻の姿


あぁこれはバレたな


かんぜんにバレた


俺は不倫をしている


もうかれこれ3年になるだろうか

部下のFさんと逢瀬を続けていて


「おはよう」

「…」


いつもと同じ朝のように

俺は声をかけた


ところが妻はいっこうに

うつむいたまま


涙がこぼれている


テーブルの下では

強くこぶしを握りしめて


(殴られるかな…)


そして俺たちを挟む

テーブルの上にはポンと

電話が置かれて


(ぜんぶ見られたよな…)


長い沈黙が続く


あまりに居心地が悪い俺は

白々しい問いかけをする


「…何か…あったの?」

「ぜんぶわかってるよ」


妻が重い口をひらいた


「あぁ…そう…」

「あのね…」


その後は淡々と語り始めた妻


もうしばらくずっと

俺の行動や言動が怪しかったこと

たとえば

何もない日に妙に浮かれて帰宅したり

飲み会だと言って遅い日は

強い香水の匂いがしたり


そんなことから察して


良くないこととはわかりつつ

決定的な証拠を見つけようと

電話をのぞき見したんだという


「よく…見られたね…」

「舐めないでよ」

「何か…変なもの見つかった?」

「当たり前でしょ」

「で…元に戻したの?」

「そのくらい余裕だわ」


俺と妻の間に挟まれた

ダイヤル式の黒電話は

いちど分解されたなんていう

素振りを微塵も感じさせないで

ただそこに

テーブルの上に

佇んでいる


妻は理系女子


握りしめたその右手には

プラスドライバー


土下座する俺に

何をするわけでもなく

ただただ蔑みの視線を浴びせてくる


あるいは黒電話を分解し

ふたたび組み立てた

その満足感からか

微笑みすら浮かべて


浮気の証拠はけっきょく

提示されていない







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