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『どうしても生卵の衝動を抑えられずに』


今朝

飼育委員の僕が

鶏小屋に餌をやりに行ったら

藁の山に寝てるおじさんがいて


ふつうならこういうとき

怖くなって誰かに

助けを求めに行くんだろうけど


なぜだか僕はおじさんに

そっと声をかけてみたわけ


「あぁ…ごめんなぁ…」


目を覚ました


身なりはとくに不潔でもない

ちょっとぶかぶかだけどこぎれいな

モスグリーンのスーツに

茶色のネクタイ


白髪に藁はついているものの

整っている


無精ひげが伸びているのは

一晩をここで明かした証左かもな


「卵、もらっていいかな」


酔っ払ったあげくに

迷いこんだりしたんだろうと

僕は考えたけど

どうやらそれは違うみたいで


だって

起き立ての第一声が卵くれって

それはなかなかエキセントリック


「目覚めに新鮮な生卵をね、くいっと」


きけばおじさんは

その目覚めの新鮮な生卵とやらが

このうえない大好物らしい


最近この街に

引っ越してきたとのこと


以前は鶏卵農家が近所にあって

毎朝

新鮮な生卵をいただいていたという


この街へ越してから

どうしても生卵の衝動を抑えられずに


暗がりのうちに

この鶏小屋に

忍び込んだところ


つい眠りこけてしまったんだって


「ほかの人には、黙っててくれないかな」


なんだかこの一言が妙な刺さり方をした


盗人たけだけしいとはこのこと


僕は無性に腹がたった


言われなきゃ黙ってたよ


すぐに用務員室に行って

その後職員室に向かい

不審者の侵入を

報告した


先生たちと用務員さんが

おじさんを問い詰める


「いやその、こちらでは新鮮な卵がなかなか…」


何を言っているのか

さっきは相手が僕だったから

そんな言い訳でよかったけど


先生や用務員さんには

ウソでもいいから

酔っ払ってつい

とか

そういう風に言うもんだよ


まったくしょうもないな

このおじさん


さっきより一層

僕は腹が立ってしまって


せっかく先生たちの判断で

今回はお咎めなしと

決まりかけていたようだけど


僕はこっそりスマホで110番して

警察を呼んでみた


要領の悪い大人は

嫌いだよ





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