『「来ちゃった」』

18:55発のフライト

保安検査場の通過締切時刻は18:35

私がタクシーの車止めに着いたのが18:37

羽田から高知へ飛ぶフライトは

きょうはもうなくて

こんなことなら

どうせ着の身着のままなんだから

仕事が終わってから

いったん帰宅なんてせずに

そのまま空港へ

向かってくればよかった

この時間だと

高知は鉄道を乗り継いで

行けるような場所ではないし

あきらめるほかなかった

あした金曜日

3月31日は

私たちの結婚記念日

できれば今夜のうちに

妻の元へ帰りたかったけど

仕方がない

明日の朝いちばんで

あらためて飛ぶことにするか

タクシー代がもったいないから

モノレールで引き返そう

ってあれ？

待ち合わせ場所でお馴染みの

ターミナルの大時計の下に

妻の姿が

人違いかな

いや間違いない

妻だ

よく見れば

息子の手を引いている

嬉しくて駆け寄る私

「来ちゃった」

とか言って

かわいい妻め

息子も初めての東京

そうか春休みだし

ちょうどいいよな

親子三人

タクシーで部屋に帰ろうか

思えば

東京への赴任が決まったのは一年前

あまりの慌ただしさに

現地内見もせずにネットで決めたから

妻さえもこの部屋を訪れるのは

初めてだった

狭いし

それに

掃除もあんまりしてないぞと

あらかじめ伝えて

ってあれ？

鍵が開いている

閉め忘れたかな

あ

いや

まじか

「来ちゃった」

居た

「ごはん、作ってあるよ」

きょうは来るって聞いてないぞ

「ご一緒は、どちらさん？」

終わった

「え、まさか…」

完全に終わった

妻と息子は

部屋のドアを開けた俺の

すぐ後ろにいる

わけもわからず俺は駆け出して

近所のコンビニに

逃げ込んだ

高知へ向かう今夜の便は

とうに出発している

もう俺はどこにも

帰れないよ