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『「これからあなたを、未知の時間旅行へ」』


行きたい旅先もだいたい尽きて

夏休みを持て余していたわたしは

そのネット広告に心を躍らせた


"時間旅行してみませんか"


これまで人間の「旅」といえば

場所から場所へ

空間を移動し

名所を見物

その地の名物を食べ


ところがこれは

時間旅行だというから


SFでよくみかける

タイムスリップの類かしらと

興味を持った


わたしは早速

その会社の

電話を鳴らして


手ぶらでOK

詳しいことは現地にて

とのこと


住所をきけば

自宅から地下鉄で10分のところ


これからすぐに旅行できますよ

などと言うものだから


出かけない手はなかった


間もなく雑居ビルのなかにある

指定されたフロアを訪ねる


ビルの外見とは似つかわしくない

近未来的なインテリアのオフィス


電話では事務の女性が

丁寧に応対してくれたが

オフィスの受付では

ロボットがお出迎え


わたしを導いて

ひとが一人はいれるほどの

カプセルへ


疑いよりも好奇心が勝るわたしは

促されるままカプセルのシートに

腰を下ろした


ふかふかで心地よい

ゆっくりとカプセルの蓋が閉じてゆく


ヒーリングミュージックとともに

簡単なガイダンスが流れる


「これからあなたを、未知の時間旅行へ」


天面はプラネタリウムのような

暗いながらもキラキラとした

星たちが光を放っている


「あっと驚く体験となるでしょう」


それから先の

記憶はあいまいで

妙に心地よいと思っていたら

いつのまにか

眠りについていたよう


ただわかるのは

ものすごく長いようで

いっぽうほんの一瞬だった気がする

そんな旅をわたしは

体験したんだということ


「おかえりなさいませ」


というガイダンスとともに

カプセルが再びゆっくりと開く


「いかがでしたか?」


なんだかすっきりした気分

日常のストレスや

身体の不調も

どこかへ消し去ったような

気がしないでもない


ふと腕に目を落とし

スマートウォッチで時刻を…


えっ

たった15分しか

過ぎてないの?


このカプセルのなかでの

記憶はあいまいで

妙に心地よいと思っていたら

いつのまにか

眠りについていたよう


ただわかるのは

ものすごく長いようで

いっぽうほんの一瞬だった気がする

そんな旅をわたしは

体験したんだということ


ロボットに導かれ

その空間を後にする


オフィスの出口を通り過ぎたとき

腕のスマートウォッチが鳴った


クレジット決済を知らせる

アラートだった

金額は…

みないことにしよう


これから地下鉄に乗って

わたしは帰宅する








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