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『匕首(あいくち)を』


見晴らしのよい高原に位置するその建物は

打ちっぱなしのコンクリート壁に囲まれて

まるで美術館のような佇まいで


予約は数か月先まで埋まっているというから

どれだけの盛況かと思ったら

わたしのほかにお客の姿はなくて


友人から

怖いと評判のお化け屋敷のチケットが1枚だけ取れたけど

急用で行けないといわれて

それとなく興味本位で足を運んでみたわけ


わたしの住む都会から

電車とバスを乗り継いで

片道で2時間はかかったかな


エントランスに差し掛かっても

係員の気配すらない


チケットの2次元コードをドアのセンサーにかざすと

すうっと開いて


平屋建ては一辺が10mほどの正方形で

中庭を囲んで通路になっていて

大きなガラス張りから日が差し込み

柔らかな明るさをもたらしている


廊下に矢印がすっと引かれている以外は

他に案内のようなものはなく

ついぞ館内を一周してしまった




ドキッとした


先ほどまではそこに居なかったであろう

初老の婦人がひとり


痩せがちで白髪が肩まで

学芸員なのか清潔感のあるスーツをまとって

イスに腰かけている


表情は

笑顔とも泣き顔ともとれる


「おかけになってください」


あぁようやく何か始まるんだな

だいぶ奇抜だなと思いながら

指示されたとおりに

向かいのもう一脚に腰を下ろした


「当館へは、初めてですか?」

えぇ初めてですとわたしが答えると矢継ぎ早に

「今日ここで見聞きしたことは、お帰りになっても決して」

あぁよくあるやつねと内心笑いながら耳を傾けていた

「他言できるようなことではないでしょうね」


それから婦人に見せられたのは

わたしの半生が写し出されたアルバム


「悪い冗談だとお思いでしょう、でも現実なのですよ」

にわかには受け入れがたい

「これらの写真は作り物ではなく、間違いなくあなたが被写体です」

しかし朧げに記憶のあるショットもちらほら


いまより10も15も若い頃の

若気の至りではすまされない猟奇的な行い


意図的に忘れ去ろうとしていた

記憶がよみがえってくる


わたしがこうしてふつうの

日常生活を送れているのも不思議なことで

アルバムの写真が世に出れば

それも一巻の終わり


「どうしてこんな写真があるのか、疑問でしょう?」

わたしが訊きたいことの

先を越された


「だってこの写真をよくご覧ください、相手はワタクシですよ」

学芸員と思しき婦人は柔和な笑みとともに

匕首(あいくち)を

わたしに向けていた



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こちらの作文は、ぷんぷん様から一言「お化け屋敷」というお題をいただき書かせていただきました。おそらく期待されていたようなテイストではなかったと思いますが、そういうつもりですのでご容赦ください。夏ですね。

ぷんぷんさん、ありがとうございました。