『やめといた方が良いと思うよ』

バイトの帰り

雨が降っていた

つい下を見て歩くのが

俺の癖

濃い緑色の厚紙が一枚

かろうじて濡れずに

路地の軒先に落ちていた

興味本位で拾ってみれば

名前も知らないバンドの

ライブチケット

額面は俺の時給より高くて

日付はちょうど休みの日

これも何かの縁かなと

行ってみることにする

アパートの鍵を開ける

缶チューハイを開ける

タブレットをいじる

音楽のサブスクをいじる

カバンからチケットを取り出して

バンド名で検索してみる

出てこない

なんだその程度か

まぁそうだよな

デリバリーでカレーを頼む

俺の時給より高い

チーズをトッピングしたから

さらに50円高い

雨が強くなっている

風とともに

窓に打ちつける

バイト先の好きなコに

メッセージを送る

俺より時給が高いのに

こないだ昼飯を奢った

なんだか損してるかな

さっき拾ったチケットの

バンド名を知っているか

訊いてみた

返事はなくて

強風で窓が割れた

チケットはどこかへ飛んでいき

カレーにはガラスの破片

どうしたものかと思案するが

何も浮かばない

好きなコから返事がきた

そのバンド知ってるって

彼氏が友達の友達だって

次回使えるカレーの割引券が

偶然にも手のひらに乗ったので

飛んでしまわないよう

冷蔵庫にマグネットで貼り付けた

今夜この部屋で明かすのは

とても苦痛なので

バイト先に掛け合って

バックヤードで寝かせてもらおう

家を出た矢先に

一本しかないビニール傘が

おちょこになって

びしょ濡れのまま

バイト先に戻ったかと思えば

店長が警察に職質されていて

状況をつかむのに苦労した

店長

あぶないクスリやってたらしくて

そのまま連れてかれた

奥を覗けば

俺の好きなコが

知らない男と一緒に

客として来ていて

彼氏ですって紹介されて

例のバンドがなんちゃらって

勝手に話を広げられたけど

俺はもうなんだかわからなくて

情けなくて

ただでさえびしょ濡れなのに

涙が出てきて

鼻水も出てきて

翌朝

高熱が出て

二日ばかり寝込んだという話

部屋で唸ってる間に

いつのまにか大家がガラスを

修理してくれていたのが

不幸中の幸い

大家のおじさんの娘さん

年頃らしく

俺に紹介したい紹介したいと

いつも言うけど

やめといた方が良いと思うよ