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大人の「学び」をアップデートする

はじめに

人生100年時代の到来により、「学び」と「仕事」のフェーズが明確に分けられるのではなく、就労してからも「学び」が適宜必要になることを主張したのは、リンダ・グラットン教授です。
同教授はそれを主にキャリアの文脈で語っていました。

一方で企業における「学び」、人事領域では「人材開発」、「人材育成」、「教育訓練」などと呼ばれている分野の議論や見直しが叫ばれるようになったのは、おそらくこの10年余、多く見積もっても21世紀に入ってから、と実感しています。

その議論や実践の方向性を見るなら、ひとつは前出のとおり、時間軸の捉え方を変えることでした。
そしてもうひとつは、新たな手法を取り入れることで、その象徴とも言えるのが、コーチングであり、1 on 1 です。

そして2022年。大人(社会人)の「学び」の新機軸を打ち出す本が世に出されました。
それが今回書評をしている、『越境学習入門』です。
共著者の石山恒貴さんと伊達洋駆さんの経歴は、さらっとですが書評の中で触れていますので、そちらを参照ください。
前置きはこれくらいにして、本題に入っていきます。

(出所:日本能率協会マネジメントセンター Amazonの出版社より から引用)

『越境学習入門』の書評

書評タイトル

辺境から来た「冒険者」である著者たちによる、「冒険人材」育成の書

書評

ビジネス書や、社会の潮流をすくい取る新書で、凄いなというものに出会うことがたまにあります。
本書はまさにその類です。
リンダ・グラットンさんの『ライフ・シフト』が多くのビジネスパーソン
の意識を一変させる契機になったのと同様に、本書はビジネス界の底流ですでに起こっていて、これからの学びの体系で欠かせなくなる「越境学習」について、はじめて公式に世に出されたものです。

著者2人がこの本を出筆されているところからして興味深いです。
石山さんは、書中でご自身の経歴を書かれていますが、民間企業で社会に出たのちにアカデミックの世界に入られています。そこでオタクのように掘り下げてきた越境学習が、時代の流れと合致して学びの世界の大きな柱へと結実してきています。
この流れは決して一時的な流行りで終わることはないでしょう。

伊達さんは、研究者と実務者の橋渡しを担うというポジションを築いているパイオニアの1人です。

この2人だからこそ描けた本書の醍醐味を、3つの視点で見ていきます。

■ 越境学習と経験学習

2つの学習形態を、「両利きの経営」の文脈に落とし込んでいるところが、興味深いです。

経験学習:経験から学び、いかに専門領域に熟達していくか
     (縦の深掘り、改善)=知の深化
越境学習:固定観念を疑い、いかにして違和感から学ぶか、冒険できるか
     (横への展開、変革)=知の探索

本書で書かれているように「越境学習と経験学習は、世界観と目指す方向性が大きく異なり」ます。
第1章で書かれている「パーソナリティ」と「多声性」を加味して考えると、2つの学習方法は、相互作用をもたらすものであり、言い換えると、個人単位で見るなら二軸で学びを進めることによって、縦にも横にも加速した複合的な成長ができる可能性を感じます。

ただ、これを組織に拡大して考えると、この両者を同時並行で進めることの難しさも感じます。

■ 越境者は二度死ぬ

このフレーズは本書の中でも極めて印象的です。
意味は、「越境学習者は二度の葛藤を通じて学ぶ」です。
越境学習から容易にイメージできるのは「葛藤」を経験することですが、それに加えて腑に落ちたのは、ホームとアウェイを行き来する学びのプロセスにおいて「俯瞰」が生じることです。
海外で暮らしたことのある人が、日本という国を、日本国内だけにいたら気づかない、世界から見た日本という視点を持つことにも似ています。

俯瞰は、アウェイの特徴として挙げられている「上下関係のなさ × 異質性 × 抽象性」の中で、抽象性と関連がありそうです。
ホームにいた時に固着した価値観、原則、規範といった抽象的なものをゼロベースで見つめ直して再構築するには、抽象度を上げて俯瞰することが不可欠です。

ケーススタディにあるNTT西日本の社員が、「リスクマネジメント志向」から「リスクテイキング志向」にマインドセットを変革した事例が、それを端的に表していて、秀逸です。

■ 越境人材を組織に活かせるか?

この本では、越境学習者がホーム組織になんらかの変革をもたらすだろうという、プラス面を強調しています。
その一方で、「多くの経営者にとっては、越境学習に投資することが理解されないことが一般的」であったり、「会社の公認が不可欠」であったと、
”がっつり”越境することのハードルの高さも指摘されています。

私が以前いた会社では、時代が一昔前だったことを考慮したとしても、越境学習者が ”迫害” されたり、せっかくアウェイで得たものをホームで活かす機会がなく、外部に活躍の場を求めた人を多く見てきました。
このような悲劇を避けて、越境学習のメリットを組織が享受するには、最低限、その意義を心底理解しているトップと、その仕組みづくりの企画と運用に携わる人事・人材組織開発部門、それに越境学習者の「伴走者」となり得る人(コーチやメンターといった役割)が重要だと感じました。

もっと草の根レベルでいうなら、越境学習も越境の深さにはレベルがあり、デジタル化がかなり当たり前になってきている現代においては、ウェビナー、オンライン勉強会など、社外の人たちとつながることが簡単にでき、かつ出入りも自由になってきていますので、組織の多くの人が外部とのネット
ワークを持ち、そこで学習したことを組織内に持ち寄ることがボディブローのように組織変革につながるのではないでしょうか。

冒頭に書きましたように、本書は「越境学習」という新たな考え方を初めて世に問うた本格的な書です。これからどういった進化を遂げていくのかはわかりませんし、ここに書かれていることすべてが正解ではないのでしょう。

この本を読んで違和感を持つ箇所について、自分なりに考えてみることも広義では越境学習なのかもしれません。

私たちの学びにたいする既成概念を変えるきっかけになる書です。

おわりに

この本を読んだのは、2022年3月ですので、おおよそ半年が経ちます。
あらためて本書が私に、私たちに提唱していることを振り返ってみると、それは、大人の「学び」の矢印の向きを変えたことにあるように思います。

従来からの企業における「学び」は、あくまでも内向きで、少なくとも社内に閉ざされたものが大半です。また、学ぶ内容や対象者もあらかじめ決められ、限定されたものが多いです。

その対比で言うなら、新しい「学び」は、外向きで、社外とつながることで知識を広げて体験を積む開かれたものです。さらに何を、いつ、どうやって学ぶのかも学ぶ人の自由です。

リスト化するなら、次のようなイメージになります。

by 牧田 潤

経験学習と越境学習の比較で書いたように、両者は相互補完の関係にあるので、どちらが良い悪いではなく、従来からの学びが、これからの学びに完全に置き換えられるものでもありません。

くしくもコロナ禍において、在宅勤務という「閉ざされた」空間に強制的に置かれたことにより、「開かれた」学びの一形態である、オンライン学習や、オンライン勉強会が発達し定着したのは、皮肉としか言えません。
次の時代の働き方として「ハイブリッド型」がマジョリティになるのでないかと囁かれていますが、それ以上に、学びの形態の「ハイブリッド型」の定着は確度が高いです。

もうひとつわかったことは、新しい学びの比重が増えると、学びの質と量の格差が広がることです。
この点は、ニューキャリア論と同様に、企業は情報提供や精神的な支援はするけれども、社員本人の自律による自己責任の世界として割り切ることなのかもしれないですが、落としどころが見えません。

確実に言えるのは、人事部門の主たる役割として、Employee Success(社員の成功)を目指すのであれば、「学び」に焦点を当てることが益々、重要になる、ということです。


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