見出し画像

母親が孤独死した話❸

母親が孤独死した話❷

未踏の地へ

N県警に遺体を引き取る旨を伝え、直葬(警察署から遺体を搬送してそのまま火葬する)の手配をした翌日、私と妹はN県に飛んだ。
車で高速を使うと40分程度で到着するらしいが、電車だと2時間ほどかかる。
警察署の最寄駅に着くとGoogleマップを頼りに歩いて向かう。
もうすぐ夏真っ盛りでクソ暑い中、なぜ市役所とか警察署は最寄駅から離れた所にあるのか不思議に思いながら歩いた。

警察署に到着し駐車場を見ると、すでに葬儀会社が到着しているらしく、社名が書いた黒いワンボックスカーが駐車場の端っこに停まっていた。
警察署に入り、総合案内で遺体を引き取りに来た旨を伝えると、電話で話をした刑事さんが出迎えてくれた。
小さな個室に通され、私達と刑事さんは向かい合って座った。
座るやいなや何かを書かされたが覚えていない。多分、ここにはどういう用事で来て、自分はこういうものですと名前や住所を書かされた気がする。
すると刑事さんが改めて遺体発見に至った経緯や死因などの説明をしてくれた。
そして遺体を確認した際に母親宅にあった貴重品を預かってくれていて、その中身を全て出して全員で確認した。

「ところで、お母さんのお顔は見られますか?」
と言われて、身元確認のために見る覚悟はしていたがダメ元で「見なきゃダメですか?」と聞いてみた。
「別に見たくなければ見なくてもいいですよ」と言われたので「じゃあ、いいです」と断った。
少し安堵した。

「では、遺体の引き渡しの準備しますんで、1階でお待ちください」
そう言われて1階に降りると葬儀会社の人が挨拶に来た。

「○○(葬儀会社名)の△△と申します。
この度はご愁傷様でございました。
お母様のご遺体搬送の準備をさせていただきますので、お待ちいただけますか」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

すると駐車場に停まっていた黒のワンボックスカーが警察署に横付けされ、その中に棺が収納された。
△△さんに促され一緒に車に乗り火葬場へ向かう。

ひっそりと早々に火葬

火葬場へ向かう車の中ではどういう火葬場かを説明していただいたり、立て替えておいてもらった死体検案書料をお支払いしたり、火葬後に市役所で健康保険の資格喪失や高額療養費の申請などの手続きをするため予約を取ったりと30分ほどではあったが忙しく過ごしていた。
送り届けられた火葬場は新しく出来たところで綺麗な外観だった。
朝イチでの火葬だったので他の人はおらず、待合所では伸び伸びと過ごせた。
火葬の準備ができたとアナウンスが流れ、火葬場に通されると焼き場に棺が納められた。

「すげえ、棺焼くとこにも五徳があるんだ」

そんなつまらないことで笑いそうになったが手を合わせ母親を見送った。

初めての母親宅へ

1時間くらいで火葬が終わり、骨上げをすると早々に火葬場を後にした。
駅に戻り昼ご飯を食べ終えると母親宅へ向かうために電車に乗る。
電車が移動するごとにど田舎へと景色が変わっていく。
周りに何もない最寄駅に到着し、またまたGoogleマップを頼りに母親宅へ向かう。
高齢者ほど都会から離れた場所に住みたがるが公共交通機関の少ない場所に移動して不便ではないのだろうか。近所に自分の子供が住んでいて何かあれば駆けつけてくれるとかであれば話は別だが、母親は子供全員から絶縁された身だ。縁もゆかりもなさそうなこの土地に身を寄せた理由が全く分からなかった。
汗だくで母親宅のある団地に到着するも建物がいっぱいあってどれが母親の家のある棟か分からない。
イラつきながらも漸く探し当て、刑事さんから返された鍵で家に入った。

捨てられない症候群の家

母親宅は玄関の真ん前にはトイレと風呂場があり、玄関から左には洋室、玄関から右に入るとリビング、その奥に和室が2つがあった。
家に入って早々に驚いた。玄関には買い置きの日用品が山積みにされていた。トイレットペーパーなんて何セットあるのか分からない。お前はケツが何個あるんだというくらいある。
リビングに入ると実家にあった馬鹿デカいダイニングセット、枯れて枝だけになった観葉植物、ここに引っ越してきてから開けてもいないであろう大量の段ボール、段ボールの角には下敷きになったGの死骸もあった。
リビングの向かいにあるキッチンにもコロナ感染を心配したのか大量の消毒スプレーがあり、ここで火事が起きたら棟ごと爆発しそうだなと思った。
私達は無意識に45リットルのゴミ袋を探し出し、大事な書類とゴミを分別し始めた。
「ようこんなとこで住んでたな」などとブツブツ言いながらゴミをゴミ袋に放り込んでいく妹をよそに、私はゴミ袋片手に母親が亡くなったであろう二つの和室のうちの一つに入ってみた。
床にすのこを敷き、その上に私が実家に置いていったマニフレックスのマットレスを敷いて寝ていたらしい。もうすぐ真夏だと言うのにマットレスの上に電気毛布が敷かれていた。
ベッドパッドには遺体から流れ出たであろう血痕があったが、亡くなってから発見まで1日しか経っていなかったせいか電気毛布やマットレスに染み込んではいなかった。無言でベッドパッドを丸めてゴミ袋に放り込んだ(良い子は必ずゴム手袋などしてください)。
もう一つの和室は仏間兼趣味部屋になっており他の部屋よりは荷物が少ないように見えたが、それでも書道の練習をした半紙などが無数にあったり、押し入れにはびっしりと衣装ケースが収められていた。
洋室には実家にあったヨーロッパ製の洋服箪笥が所狭しと置いてあり、6畳ほどの部屋なのに真っ直ぐ前を向いて歩けるスペースは無かった。

刑事さんの話を鵜呑みにして「業者に頼まなくても自分達で片付けられるだろう」と高をくくっていたが、捨てられない症候群の母親を舐め腐っていた自分を呪った。