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30年ぶりに『君が代』を斉唱したら

10歳の時。音楽の先生が急に声色を変えて話をし始めた。卒業式の歌の練習時だっただろうか。


「君が代は歌うべきじゃない。日本と天皇の歴史を考えたら…うんぬん」と語ってくれて、その話に心酔した自分は、小中高と君が代を歌わなくなった。

君が代斉唱時に起立しない生徒や教師、それに反発する教師の対立などを眺めながら、何かしら根深い問題があるんだろうなと。だけど当時は“歌わないことが真理かつ正義”と思い込んでいたから、「歌えー」と苛立っていた教師をあしらうように眺めていたというのが近いだろう。


大学に入学して、九州を離れ東京に出た。
大学近くの本屋に並んでいた何冊かの本に目が留まる。日教組、君が代斉唱反対をする人たちを弾劾するような本、雑誌だった。


あれれ、今まで教わってきたことと違うぞ。

東京に出て、少したくさんの人に会うようになり、いかに小さな井の中で生きてきたかを知るようになった。

それからは、君が代反対することもなく、歌う機会があれば、起立だけして、他の人は斉唱するのだろうかと耳を澄まして君が代を聞いていた。

↑古い記事だけど君が代が議論になる背景や論点が一番分かりやすい記事!ありがたい。


10歳の時から君が代を斉唱しなくなって早30年。信じられない、もう30年も経ったようだ。


今日は娘の入園式。
小規模保育園の入園式とは規模も格式も違い、来賓の方がいたり、国歌斉唱もある式辞だった。

TPOにふさわしくない普段着のワンピースで連れて行ってしまった。髪の毛も結びたくないと叫ぶから、もういいやと結ばず行ったら、なんか残念極まりない感じになってしまった、すまぬ娘よ。

と話が逸れてしまったけれど、幼稚園の入園式で国歌斉唱のタイミングが来た。



30年ぶりに斉唱。10歳の自分も思い出しながら歌ったら、泣きそうになったよね(笑)娘の入園式で。



君が代は天皇とその治世を讃えた歌であり、斉唱の強制は、軍国主義や全体主義の復活につながる恐れがあるという教育の中で育ったからこそ、歌ってこなかった。


その後、日本の歴史や天皇家について少しばかり見聞を広げた結果、国歌斉唱は賛成という立ち位置を取っている。



国歌斉唱は、軍国主義や全体主義の復活にはならないが、無知だと招く可能性がある。

国歌斉唱は、日本人としての自覚と誇りをもつ上で大切。だから歌う。1000年以上前からある日本の和歌。和歌を奏でるのだ。


君が代(天皇・上皇の代)は
千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで
(ずっとずっと小石が大きな岩になるくらいの長い年月が続いていく)

全国民が平和で健康でいられますようにと願って斉唱。




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