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うらぼんに #2000字のホラー

 高い肉を食べ、ここに来た。こんな時でもおいしい肉を食べたくなるのが不思議だったけど、まあ最後だから良しとしよう。
 柵を乗り越えて、竹やぶの中に入った。進路は真っ暗。空を見上げるとまん丸い月が光っている。僕はスマホの明かりを頼りに歩き出した。ここに来るのは子供の頃以来。なんとなく覚えているつもりだったのに、少し歩くとその自信はなくなった。
 こんなに竹って生えていたのかな?
 落ちていた木の枝を何度も前で振り回しながらゆっくり進む。木の枝を目の前で振り回すのは、蜘蛛の巣対策だ。案の定、すぐに枝に蜘蛛の巣が絡まったのがわかった。そう、竹やぶには幾つもの蜘蛛の巣が張り巡らされているのは子供時代に知っていて、この事は数十年経っても変わっていなかったようだ。
 それにしても、真夜中に誰もいない竹やぶの中を歩くって異常だし、よくよく考えてみると怖い事だろう。しかし、今の自分にとってそれらはどうでも良い事だ。酒を大量に体に入れているのもあるし、今日で終わりなのだから暗闇が怖いとかはない。

 思い描いていた場所かはわからないが、丁度良い木を見つけた。ここでいい。 
 鞄を開け、白いロープと酒の缶を取り出した。缶を開け、アルコール度数の高いその酒を飲む。更に酔いが進むのがわかる。酒缶を手にしながら、ロープを木にかけた。一回、二回とロープを木にかける。完成だ。また酒を飲む。躊躇はしないと決めていた。一気にしないと、万が一怖くなってしまうのを恐れているからだ。ここに来て恐怖の中死にたくはない。辛くてしんどい今から解放される為の行動なのに、恐怖なんて一瞬でも感じたくなんかない。もう十分だ。もう辛いのは嫌だ。疲れたよ、もうしんどいよ、ごめん。
 ロープを首にかけた。
 一気にいく、一気にいく、怖い、怖い、怖い、怖い、死ぬのは怖い、怖い、頭の中で「怖い」という言葉が駆け巡る。
 だめだ、一気にいかないと怖すぎる。よし、とまぶたを閉じ、そして体の力を抜いた。

「ああ、間に合ってよかった」
 懐かしい声が聞こえたかと思うと、体は地面につかなかった。
 誰かに支えられていた。
 え、誰?
 目を開けると、じいちゃんが自分を抱きかかえていた。じいちゃん、父方の善次郎じいちゃんだ。
「じ、じいちゃん?」
「そうじゃ、久しぶりじゃのう。大きくなったのう」
「そりゃあ大きくなったよ。だって、確かじいちゃんが知っている僕は、小学生の低学年だったよね」
「そうそう、懐かしいなぁ」
 僕は起き上がると、じいちゃんを改めて見た。じいちゃんだ。30年前に肺がんで亡くなった、優しいあのじいちゃんだ。まさかまた会えるなんて、という事は、そういう事か、僕は死ねたのだ。よかった。亡くなっている人に会える訳なんてない。だから目の前にいる人は幽霊となるが、不思議と全く怖くはない。自分も死んだ事がわかったのもあるが、幽霊がじいちゃんっていう事もある。これが知らない誰かだったら、僕も死んでいるけどきっと怖くてすぐに走って逃げていると思う。
「うん、懐かしい。会いたかったよ。じいちゃん、子供の頃たくさんおもちゃを買ってくれてありがとう、お菓子もお母さんに内緒だって言って食べさせてくれてありがとう。後々聞いたら、全部バレていたみたいだけど」
「わしも会いたかったぞ。ああ、やっぱりお母さんは全てお見通しだったか。それなのにわしには何も言わず、優しい人だったのう。お母さんは元気か?」
「うん、元気だよ」
「そうか、良かった。わしも会いたかったが、まだ早いわ。会うのはもっと時間をかけてからでいい。たっぷりと土産話をもっと作ってからこっちに来なさい」
「え、ごめん。だけど、もう遅いよ。もう僕も死んじゃったみたいだし」
「何を言うか、お前さんはまだ生きとるわい。死んでおらん。首を吊る前にわしが間に合った。首は吊っておらんぞ」
「え、嘘だ、僕は今死んだはず」
「試しに頬をつねってみようか」
 じいちゃんが僕の頬を強くつねった。
 痛い!!!

「ほら、痛いじゃろ。死んでいたら痛いとかは感じないものだ。それはわしはわかる。死んでおらん、大丈夫」
「ど、どうして?どうして僕を助けたの?僕はもう死にたいんだ」
「お前が色々抱えてしんどいのはわかる。辛くて辛くてたまらないのもわかる。だが、死んだらいけんよ。死ぬな、そんなのわしは悲しい。お前さんのお母さんも、家族も、友達もみんな悲しくてたまらないぞ」
 じいちゃんの悲しい顔、初めて見た。闘病生活でもこんな顔は見た事ない。
「そ、そんなのわかってるよ、だけど、もう辛くてたまらないんだ。死なせてほしい」
 そう言う僕をじいちゃんが抱きしめてくれた。じいちゃんの匂いがする。
「辛いなぁ、一人で抱えこむな、大好きだ、大切なんだ、生きろ」
 一人で抱えこむな、その言葉が響いた。どっと涙が溢れた。とめどなく涙は流れた。久しぶりに泣いた。
「大切なんだ」


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