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「まあ、いいか」と「まあ、いいかじゃない」こと

今日乗った電車の中、冷房がかなり効いていた。寒がりとしては冷房ないくらいがいいのになーと思ったけど、まあ、いいか。こんなかんじで思い通りにならない事って多いけど、気にしなくてもいい事は基本的に気にしないようにしています。全部気にしてたら身がもたないと思うし。「まあ、いいか」っていい言葉。

こういう風に

「まあ、いいか」と「まあ、いいかじゃない」事に日々の出来事を分けてみた時があります。梅雨の天気、微熱、割り込んできた車、すぐに太る自分の体、ゴロゴロしたくなる性格などなど。そしたら、割と「まあ、いいか」に入れられたのは、日本が平和だからだろうか?

戦争中だったら、「まあ、いいか」に入れられない事だらけだろう。

「まあ、いいかじゃない」事って、僕の場合はエネルギーを多く使う。だからなるべく「まあ、いいか」に入れるのかもしれない。それに、先にも書いたけど毎回「まあ、いいかじゃない!」と怒りを爆発させるのって全然楽しくないし、本当に力を注ぎたい時に存分に力が発揮出来なさそうな気もしています。僕がラッパーだったら、あらゆる怒りをラップに転換させられるだろうから「まあ、いいかじゃない!」を連発しているかもしれない。まあ、色んな生き方、考え方があっていいと僕は認めているから、ラッパーじゃなくても「まあ、いいか」より「まあ、いいかじゃない!」を連発するのもアリだ。

そして
そのどちらにするか?は自分で選べるから僕は「まあ、いいか」を多く使う、「許す生き方」にしている。

もちろんそんな僕も「まあ、いいかじゃない!」ことってある。その一つが、日本の病院でホスピタルアートを普及すること。まだ一部の病院での展示にとどまっているこの現状に対して僕は「まあ、いいかじゃない!」とそうなるように行動しています。現在挑戦中のクラウドファンディングもそのためです。

僕はこれは「まあ、いいかじゃない!」と思っています。そして思うだけではそうならないので行動に移しています。

応援お願いします。

大阪でダイビングショップをしています。ダイビングやホスピタルアート活動についてなど詳しくはこちらへ。

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