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夢だけど、夢じゃなくなった

 どうして今日なのだろう?明日でも、明後日でもいいじゃないか。何故、今日なのだろう?

 今朝目覚めると、腰の激痛で起き上がるのにいつもの倍以上の時間を要した。病院でまだ診断を受けた訳ではないが、経験者なのでわかる。これは絶対に「ぎっくり腰」だ。脂汗をかきながらもなんとかトイレは済ませたものの、今日の予定を考えると、「よりによってどうして今日ぎっくり腰になってしまったのだろう」とぎっくり腰を恨んだ。しかし今日の自分は予定をキャンセルするなんていう選択はない。せっかく機会を作っていただいたのだ。今日を逃すと次があるかなんてわからない。

 友達に病院の玄関付近まで車で送ってもらい、ゆっくりと車から降りる。そろり、そろりと建物の中に入る。

 多くの人の中から約束していた人を探す。エレベーターは見つかったがその人はわからない。どこにいるだろうと、首を左右に回すが、きちんとは動かない。発見するかわりに、自分の左肩が大きく下がっている事に気づく。腰の激痛を和らぐ体勢を意識するあまり、こうなってしまっているのだろう。恥かしいがまっすぐは立てそうにない。病院という場所のおかげで違和感はないのかもしれないが、これが街中だときっと目立つだろう。

「お待たせしました」

 ふいに後ろから声をかけられた。ゆっくりと振り返ったが全身に激痛が走った。思わず声が漏れる。

「大丈夫ですか?やっぱりすごく痛そう」ぎこちない動作と痛みに耐える僕をすぐに心配してくれた。

「大丈夫です。ぎっくり腰で動きがぎこちなくて申し訳ないです。お時間を作っていただきありがとうございます」

「いいよ。上に向かいましょう。あ、車いすに乗りますか?」

「だ、大丈夫です。行きましょう」

 エレベーターで目的の階へ移動した。病棟に一歩足を踏み入れると、すぐに懐かしさを感じた。壁に飾られたわずかなアニメの絵を眺めた。その壁は自分が12年間通院していた所と似ている。緊張しながら待った。もうすぐ、夢が叶うかどうかがわかるのだ。処置室から泣き声が聞こえる。注射だろうか、自分も何度も受けて嫌だった記憶が蘇る。待合室には小学生位の男の子と母親が座っている。

 検診を終えた女の子と先生が席に来てくれた。二人と挨拶を交わし、ぎこちない動きの理由を伝えて詫びる。話を聴いてくれるのは小児科の先生で、ホスピタルアートをさせていただきたい事を話した。何故展示をしたいか?を懸命に伝えた。持参した資料も配り、頭を下げる。とにかく必死にお願いした。紹介していただいた方も話に加わり想いを伝えると、先生が「いいですよ」とホスピタルアートとして写真を展示する事を許可してくれた。

 夢が叶った。お願いをしておきながら、許可が下りて僕は驚いた。「病院で癒しの空間を作る為に写真を展示したい」と思ってから、全く実現しないまま7年が経過していたから無理もない。

 閉ざされていた道が開いた。ずっと実現が困難だったけど、あきらめなくて良かった。やっと夢が叶う。

先生が処置室に戻ると、改めて紹介してくれた二人にお礼を伝えた。検診を終えた女の子に「検診頑張ったね、すごいよ」と話しかける。そして、ずっと疑問だった事を質問してみた。どうして病院を紹介してくれたのか、を。そしたら、「頑張っているの本気だと思ったし、あなたが闘病してきた当事者だからだよ」と教えてくれた。

「当事者」と言われてはっとした。

 そうか、そういえば、自分は生まれてすぐに手術を受けて12年間通院した闘病の当事者だった。だから闘病中の人の気持ちが痛い程わかるし、どうしても病院の壁に癒しを作りたいとあきらめなかったのか。物心つく前から通院していて、闘病が当たり前過ぎて気づかなかった。お腹には大きな手術跡もあるが、これも生まれてすぐからあるから自分にとっては違和感のないものになっているこれが日常なのだ。そして、ホスピタルアートを志した理由は、通院していた時にアニメの絵に癒された経験から、もっと多くの絵や写真がある方が癒されるし勇気が出ると知っているが、まだ日本の病院では普及していないからだった。絶対、普及した方が素敵だし、闘病している人は凄く嬉しい事を僕は知っている。診察待ちをしていたあの男の子の気持ちが僕にはわかる。どれだけ不安かわかる。どれだけ頑張っているかわかる。子供の頃、「誰かもっと絵や写真を展示してくれないかな」と診察前や検診中に心の中で願っていた。今もそう願う闘病中の子供は沢山いる。その「誰か」に、大人になった僕はなっているし、なれるはずだと僕は気づいている。僕はここから目を逸らしたくない。

 泣かないでおこうと思っていたけど、やはり無理だった。

 写真パネルを設置している間、こぼれ落ちる涙を何度も拭った。念願の夢が叶ったのだ。生きている間に今日という日を迎えられるかわからなかった。夢だけど、夢じゃなくなった。


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ホスピタルアートとは

→病院に絵や写真を飾り、癒しの空間を作ること

ホスピタルアートをテーマにした小説を書いています

続編







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