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不確実性・複雑性の高い業界とキャリアにおける「信仰」/オンラインサロン、一部スクールの勢力拡大の背景

 組織をマネージメントする上で避けられないものの一つにマインドや志向性への対峙があります。以前、この志向性を分類してお話したことがありますが、今回はその根幹に横たわる「何を信じるのか」ということについて宗教学の専門家の言葉を交えながらお話したいと思います。

前提

 今年9月に話題になった芦田愛菜さんの舞台挨拶について興味深い言及がありました。

「でも、その揺るがない自分の軸を持つのは凄く難しいじゃないですか。だからこそ人は『信じる』って口に出して、不安な自分がいるからこそ、成功した自分だったりとか、理想の人物像だったりにすがりたいんじゃないかと思いました」

 誰しもが多かれ少なかれ何かを信じて生きています。神仏なのか、偉人なのか、著名人なのか、企業なのか、親族なのか、自分自身なのか。下記は就職において「親」を信仰対象にした例です。信仰そのものは否定する由もありませんが、その信仰の対象がただの集金システムだったり、業界を巻き込む類のものであれば看過できません。

 これまでのコンテンツでもお話してきましたが、日本は少子化による人手不足に見舞われています。特にITエンジニアの不足は著しいものです。そして企業は「できるエンジニア」を奪い合っています。それ故に一人でも多く真っ当なエンジニアに育っていただきたい。曲がりなりにも「エンジニアになりたい」という人が胴元にお金だけ搾取される「養分」としてキャリアを離脱していくのは社会に損失でしかありません。他人の人生で遊ぶなと。

未経験エンジニアと信仰

 一部のプログラミング学校や、オンラインサロンについては過激なウリ文句が目に余ります。ざっとプログラミング学校のLPサイト、インフルエンサー、オンラインサロン主、それを取り巻くアフィリエイトサイトを見ると下記のような形です。「現在の生活を変えたい」というモチベーションに対する売り込みであるように感じます。

(IT人材不足のグラフとセットで)「需要が見込まれる」
「自らの手でプロダクトを生み出す」
「働く場所に縛られない」(旅をしながら働く)
「働く時間を調整できる」(裁量労働のこと?)
「未経験からフリーランスとして活躍する」(セミナーがあるようです)
「教える側に回って月1万円でプログラミングを教えれば毎月30万円のビジネスになる」
「独学だと挫折する可能性が高いのでスクールを活用」
「エンジニアは収入、安定度、将来性、どれを取っても優れています」
「転職保証」

 2019年に前職で未経験エンジニアを集めての就活セミナーを数回実施させていただいたことがあります。現実と期待していたこと・教わったこととのギャップに驚く方が多い一方で、夫婦して途中で無言で帰られた方も居られました。夫婦して駆け出しというのにも驚きましたが、耳障りの良いことだけを聞いて生きていきたい人は居られるようです。

 2019年頃の新卒採用では、特に非情報系の学生であっても「プログラマになるためにはプログラミング学校に行かなければならない」という風潮が確認されました。もっとも、SIerでがっつり研修に身を任せるつもりの真っ白な人も確認されましたが、自社メディア・自社サービスと言われる企業に応募する学生にもプログラミング学校やオンラインサロンへの課金が確認されています。それ故に健全なマインドを育まないと定着性が悪かったり、IT業界全体の沈没が懸念されるというのは過去コンテンツでもお話したとおりです。

仮説:なぜITエンジニア界隈に信仰が蔓延するのか

 IT業界は研究職からビジネスに展開、各人の生活に広まっていったのはたかだか25年程度ですが、十分に短期でキャッチアップするのに難しいものになったからではと考えます。

 加えてITエンジニアになると生活が変えられる(らしい)。でも難しそう。そこに「こうすれば数ヶ月であなたもエンジニア!」と続きいかに生活が変わるかを語っていく。複雑な事象に対し、分かりやすく解説し、かつ各人の求める方向性を叶えるかのように寄り添う。これが信仰なのでは?と仮説立てました。

教養として学んでおきたい5大宗教より

 とは言え、私の専門は元より宗教学ではないのでこうした仮説を補う出典はないものかと漁っていたところ、宗教学者の中村 圭志氏の「教養として学んでおきたい5大宗教」にしっくり来る内容がありましたので、こちらを紹介しながらお話していきます。

宗教は「人間とは何か?」「世界はどのように始まったのか?」「なぜ善と悪があるのか?」「死んだらどうなるのか?」といった、高度に哲学的な問に答えようともします。

 特に各学問の黎明期において民衆の疑問に対して答えを指し示すという点で、伝統的な宗教は1つの科学であったと考えられます。

 IT界隈に関して言うときちんと情報学を修めればある程度網羅できますが(それでも全ての主流ではない技術を語り切ることは4年では難しい)、数ヶ月では難しいものです。

 例えばWEBページに入力されたデータをDBに書き込むことを想定しましょう。入力データについてセキュリティ面をクリアした後に、文字コード変換、改行変換、DBの禁則文字処理などをした上でDBにネットワーク(論理・物理)を経由して接続、文字コードを指定してデータを入力…などとしていくわけですが、各要素について取り組んでいくことは数ヶ月では非常に厳しいものがあります。

 勢い、「(なんかわからないけど色々とすっ飛ばして)このフレームワークを使ってテキスト通りに書けば動く」「これが(写経)できればプログラマになれる」と表層をなぞり続ける作業が正と教えられます。そしてフリーランスWEBプログラマになるために写経を続け、一通り終えたら一人前だと背中を押されて各社の応募フォームに旅立っていくのです。

カルトの暴走が目につくようになったのは二〇世紀後半、特に九〇年代前後です。一つには伝統宗教が弱体化して、奇抜な教えを説く教祖が増えたこと、個人主義化や若者の疎外的状況が高まったこと、社会から外れて少数集団が生き延びる経済・テクノロジー的環境が整ったことなどが挙げられるでしょう。

 本文では90年ころに起きた新興宗教を指していますが、インターネットの普及により加速していると言えるでしょう。

 00年代前半からのSNSの台頭により小規模なコミュニティの作成コストが低下し、特定の境遇の人々と繋がりやすくなりました。

 ほどよく個人情報が合わさることで属性別のターゲティングがしやすくなり、主催者が対象者を絞って広告する・接近するといった事柄も実行しやすくなりました。

 さらに2012年にはオンラインサロンが登場しました。2016年にはオンラインサロン各社が参入します。特定人物をコアとしたファンクラブがマネタイズされた形で実現されていきます。

 動画配信環境が整ったことによる発信ハードルの低下。インフルエンサーに代表される「バズる」「マネタイズする」ノウハウの流通。この当たりを総括していくとビジネスとしてのオンラインサロンを始めるというのは非常に容易になっています。

新宗教には、急速な近代化により続々と変貌を遂げる社会において、一般民衆に互助などを通じて安心とアイデンティティを与える機能がありました。明治以来の急速な近代化は民衆に多大なストレスを与え続けていたのです。

 こちらは明治期のお話ですが、不透明な時代、複雑性を極めたテクノロジー、目の前に拡がる生活不安といった要素は我々に多大なるストレスを与えているという点でこの下りと合致します。

 こうした不安下において分かりやすく、強いメッセージを発して人々を牽引していく。ある意味宗教的な機能が一部インフルエンサーを中心に備わっていると考えています。

社会は格差化が進み、富裕な者や豪族が幅をきかすようになり、豪傑や王者のイメージが天界に投影されて、目に見えない王様のような姿の神々を各民族は拝むようになります。

(推定)成功者を盲目的に信じ、その取り巻きとする現象は一部インフルエンサーにも見られる事象です。

 その一端を表しているものの一つが昨今Twitterに溢れる「GAFAアカウント」ではないかと考えています。初めて見たときには「GAFAのいずれかに所属している人が微妙に個人の特定を恐れてぼかしているのか?」とも思いましたがどうも違うらしい。もしかしたらAな倉庫担当かも知れず、どこかからの派遣かも知れず、そもそも一般的にGAFAで連想する頭文字から始まる企業ですらないかも知れない魑魅魍魎の世界です。なぜ業務効率化として彼らがWindowsのショートカットキーを紹介してバズっているのか理解し難いですが、それでも著名外資IT企業で働いている高年収な方を夢想し、拝んでいる人が大勢居るわけです。

 先立って未経験エンジニアを取り巻く情報を公開したところ、航空パイロットの方から「パイロット界隈にもサロン勢が進出していて困っている」という旨のコメントを頂きました。複雑性の高い業種、儲かりそうなイメージ、発信のためのインフラが揃うとこうした動きは品を変えても可能なのでしょう。ここのところ「副業としての動画編集」界隈で何か起きていそうに見えます。

宗教と一部プログラミング学校・オンラインサロンの違いは成果ポイントの短さ

 成果ポイント。これは私がアフィリエイト広告代理店の居たときによく耳にしていた言葉です。実際に成果として紹介者や仲介者にお金が払われるポイントです。例えばエステサロンのアフィリエイト広告の場合、バナーをクリック→会員登録→予約→来店とあったとき、契約の上で来店時を成果ポイントとし、店頭受付で初めて売上計上されるといった具合です。

 こと伝統的な宗教であれば人生だったり、死語だったり、漠然と幸福だったりというところが成果ポイントであり、超長期的なものだったりふわっとしたものになります。

 一方で一部プログラミング学校やオンラインサロンの場合、成果ポイントは「エンジニアになる」「フリーランスになる」「稼げる」など1-2年の短期で成果を設定しているものが多いです。それ以上の長期の視点に立ったものは少なく、ここが伝統的な宗教との違いでしょう。

まとめに代えて:上位層の企業の人達は知らない問題

 前職のエンジニア正社員紹介事業では、毎月の登録エンジニアのうち1/3が未経験者でした。また、こうした未経験者層はプログラミング学校やオンラインサロンで「紹介会社は企業に紹介手数料が発生するので嫌がられる。直接応募をしたりWantedlyを使うべき」と言われているようで、紹介会社に登録していない層も多数居られるようです。Wantedlyの企業アカウントや、Twitterで「admin 2222」と検索すると片鱗が伺い知れます。

 多くの場合、こうした人達は人事採用担当の段階でフィルタリングされます。特に著名な企業ほどそのフィルタ具合は強くなります。 従ってこうした未経験層エンジニアについて言及する人達は業界上位企業ほど会ったことがなく、「Twitterで見聞したことがある」程度であるために彼らの口から社会問題として語られることはないでしょう。

2年ほど前に某国内トップクラス企業の新卒採用の方に「新卒エンジニアにおける技術格差について取り組まないか」と持ちかけたところ、こう返ってきました。「弊社は上澄みしか採用しないので関係ありません」と。

 今回、最後の引用です。

宗教には個人的信仰の側面、集団的アイデンティティの側面、知識の側面、知恵や慈悲の側面、反知性的な反動の側面、排他的な側面があるのであり、その全体に目を通すことがますます必要になってきているからです。

 限られたメンバーで閉じてやってくれている分には「そういう世界線もあるんだな」で済みますが、どうにも勢力を拡大しています。そしていたずらに職種で差別をしたり、一年で退職してフリーランスになったりします。その結果、SESのように会社と現場によるという事実をスキップして一方的に黒いと決めつけられ、不人気職種になったりするものもあるわけです。更には卒業後のマネタイズのために次の世代の未経験者に向けた情報商材として連鎖したりもしています。このように、一部プログラミング学校やオンラインサロン主が何をどう発信しているかは注視していく必要があります。若手であれば経験やスキルがどうであれ、こうした意見に触れている場合が殆どですから。

 不透明な世の中、人生を変えたいというモチベーションに対し、仰ぐべき対象がただの短期的な集金システムになっていないかというのは重要な観点でしょう。私がオンラインサロン形式を取らずに無料で書き続けているのもここです。集金機構として同一視されたくないために、せいぜいがウイッシュリストでたまに何か貰えればラッキーくらいの「お地蔵さんスタイル」でやっています。

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