給与が上がらないのは政治のせい?年功序列の破綻と、請負契約、地方在住、氷河期世代の厳しさ
先だって下記の記事が話題でした。
これに対して田端氏が「転職したらいいのに」とTwitter投稿したところ賛否両論が渦巻いています。
私自身、地方在住ITエンジニアについての調査や、老舗製造業のデジタル人材採用などに取り組んでいるため思うところがあり、急遽取り上げることにしました。
「転職すればいいのに」は正
後述する前提はありますが、この話者のように腕に自信があるのであれば転職するべきです。幸いなことに「職業選択の自由」は保障されているため、積極的に動くべきでしょう。転職すれば良いというのは下記のような理由が挙げられます。
請負は営業力が命
この方は大手重工業の請負社員として働かれており、月給制の正社員だそうです。発注者の企業から評価をされても昇級には繋がらないと嘆かれています。
これはIT開発現場でもよく見られるます。一般的なSESではあくまでも準委任契約にて稼働しているため、当初契約した金額から引き上げるには営業担当者の手腕が必要です。しっかりとした営業担当者が居るSES企業であれば、活躍、評価、社内昇級、資格などを理由に交渉をします。営業担当者が弱いと、別に発注者が進んでコストを上げる必要も無いので上がるのを待っても報われません。二次請け、三次請けと階層が深くなっていくと交渉はより難しくなります。これもまた、一次請け案件を取得できない営業力の弱さが招くポイントです。
私もいつの間にかクライアントワークでアカウントプランニング、アカウントマネージメントを担当させられていたことがあるのでよく分かるのですが、営業の仕方が分からなかったり、企業名が弱いとなかなか一次請け案件は決まりません。案件は知人紹介やインバウンド(問い合わせ)の方が交渉もしやすく質が高い傾向にあり、アウトバウンド(請負企業からの能動的な働きかけ)は買い叩かれやすい傾向にあります。
質の良い案件を契約したいのはやまやまですが、その一方で正社員雇用していると彼らの給与は発生するため、待機になると赤字になります。大手企業であればそれを見越した資金運営ができますが、中小は厳しいです。結果、藁をも掴みたくなり、二次請け、三次請けでも口を糊するために請けてしまいます。
しっかりとした売り込める営業が居ると解決なのですが、そういう営業職を請負企業で採用できることは少ないです。特にコアコンピタンスがなく、業界で有名な得意分野も無い企業では何を売るのか分からないため、勘の鋭い営業職の方はそんなところには入社しません。結果、「請負企業というのは何かしらに尖って有名にならないと優位には立ち振る舞えない」ということを骨身に沁みて感じました。
同じ請負企業にしてみても、しっかりと営業力の移る会社にあるというのはアリだと思います。企業の立場からすると、営業力の強化と営業が売りやすい商品開発は急務だと感じます。
終身雇用、年功序列の継続条件はとっくに満たせていない
従来のメンバーシップ型雇用(新卒一括採用、年功序列、終身雇用)は明治時代に産まれた働き方です。多少の不景気はあったものの基本的には経済成長がありました。メンバーシップ型雇用が始まった明治は平均寿命50歳、55歳定年制が主軸でした。
つまりはメンバーシップ型雇用の基本設計は下記を前提としていると考えられます。
右肩上がりのGDP
技術のパラダイムシフトが20年程度の産業
社会人としての期間は30年程度であり、その期間を越えるとほどなくして寿命を迎える
平均寿命に併せて定年制をストレッチしていった結果、高度経済成長期であれば問題にならなかったものの、不景気期間になって歪みが大きくなっています。今でも年功序列、終身雇用を達成できているのは大手企業でも一部のみとなっています。十分耐えられるのであれば(労働組合が強いところなどは特に)早期退職も募らないのではないでしょうか。
同時多発的に災厄が起きすぎている令和
大手企業の方々とお話をしていると、「我々は阪神淡路大震災も、9.11も、リーマンショックも、東日本大震災も越えられた」と誇りに感じておられることがあります。ただこれらのイベントは時系列で行くと語弊を恐れずに言うと「ほどよく離れている」と言え、回復期間がありました。
阪神大震災 1995年
9.11 2001年
リーマンショック 2008年
東日本大震災 2011年
これに対し、現在は下記のものが同時多発的に起きています。
コロナパンデミック
ウクライナ戦争
インフレ
米国利上げ
円安
元首相の暗殺
この環境下でもなお、「今回も絶対大丈夫」と言い切れる企業は少ないのではないかと感じます。
転職の壁
積極的に転職すれば良いとは言ったものの、この記事内の方の壁となるケースを考えてみます。
地方部では転職は「都落ち」
この方の居住地が兵庫県というのが気になります。
私の出身地の四国などはそうなのですが、就職は終身雇用という前提が残っています。もし何らかの事情によりキャリアの途中で退職するとなると、家業を継ぐ、もしくは転職ではなく「再就職」という選択肢が出てきます。転職をするということ自体が一般的ではない上に「都落ち感」があるため、忌避される傾向にあります。それ故に比較的地方部であっても転職が発生する介護士、看護師を除いて大手転職エージェントが進出していません。
実際にTwitterでも「地方だと転職の選択肢が無い」という声を頂きました。地方故の厳しさというのは加味して然るべきかと考えます。
就職氷河期世代
相談者は40代ということで就職氷河期世代に分類されます。就職氷河期世代の問題は現在鋭意整理中ですので詳しくは別の機会に譲ります。下記の東洋経済では常見陽平千葉商科大学准教授のコメントとして下記のものがあります。
ここがまさに人材の流動化のキックオフとなり、就職氷河期と相まって働き方の構造が変わると同時に、自己責任論の始まり時期とも重なるとも述べられています。
私も就職氷河期世代ですが、バブル世代の価値観と、就職氷河期と景気低迷で悟った30代の間に挟まれた世代なので、時代だけでなく価値観的にも「迷いやすい世代」だと感じています。
ここでも見られる同情コンテンツ
この記事の中でも漠然とした不満だけ述べる内容しかなかったのが気になりました。何が欲しいのかを明確に表明すれば手を差し伸べられることもあるのが現在です。もしかしたら編集段階で消えたのかも知れませんが、何をどうしたいのかは訴えるべきでしょう。政府が悪いとしか言っていないのは建設的ではありません。
先の田端さんの投稿に「転職の成功を誰が保障・担保してくれるのですか?」とコメントされている方が居られました。真面目な話、そこまで行くと社会主義的な発想じゃないかと個人的には思います。
記事の根幹としては先日の研究職・博士人材を巡る同情コンテンツにも通じるテイストを感じます。体の良い政治叩きの材料にはなるものの、特に解決策に繋がるケースは少ないです。個人的には「問題発見他力本願型」と呼んでいます。記事に取り上げて話題にした、取り上げた、という満足感とそこそこのPVがゴールです。
仮に政府が動くとしてもいつなのかは不明です。先の高度人材については10年以上特に変わっていません。何となくアベノミクスで景気が上向いて一部に予算が出たくらいのお話です。人材の流動化については政府を待つより、具体的に転職市場に出てしまうことで人の流れを作ってしまった方が待遇改善にも繋がり、手っ取り早いと考えています。
私が出入りしている複数のベンチャー企業などでは、ITエンジニアに限らず事務方を中心に地方からの幅広い年代の方がリモートワーク形態で入社が相次いでいます。業種、年齢、住んでいる地域など成約が多いのは確かではあるのですが、不満があるのであれば他地域も含めて転換をするということも視野に入れるべきではないでしょうか。職種と地域によっては転居も視野に入れる必要もあるでしょう。
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