【WALK】#3
翌日の朝は雨だった。
今日も屋上はお預けか。と少し気分が落ち込んだが、外に出るとすべてが吹っ飛んだ。
雨の落ちる音、薄暗いこの世界が雨音で余計な音をかき消してくれる。
今日の通学ルートは・・・、決めた川沿いにしよう。
いつも穏やかな川が、雨の日はここぞとばかりに感情をむき出しにする。
いつもごみを捨てやがって!ここはゴミ捨て場じゃないぞ!
僕の想像だけど、この濁流でごみを洗い流そうとしているんだと思っている。
まあ、これで綺麗になったら良いんだけれど、洗うのをサボりまくったトイレと同じだ。誰かが綺麗に掃除をしない限り、綺麗にはならない。
何度も何度も流したって、こびりついた汚れは落ちないものだ。
地球は人間に支配されすぎている。
たかが人間ごときに苦しまなくっていいじゃないか。
だから、時にはこの川も、堤防を乗り越えて人間たちに自然の本気を見せたっていいんじゃないかと、思う。
僕は人間が嫌いだ。自分のことも。
学校に着くと、クラスのほとんどの生徒がいた。
時間を見ると、朝礼の3分前。
雨の空間を楽しみすぎて、随分遅くなってしまったようだ。
筆箱を取り出そうと、リュックを開けると、演劇部の勧誘の紙が出てきた。
そういえば・・・。
と、辺りを見渡してみた。
なんだ、いないじゃないか。やっぱり、僕のことを茶化しただけなのか?
ちなみに空席は・・・、教壇の目の前・・・。そこはトシオの席だ。関係ない。他は・・・、あった。窓側の一番前の席。昨日から空席だった気がする。どうして気づかなかったんだろう?
先生も、特にそのことには話していなかった気がする。
不思議に思いつつ、僕には関係ないか。と思ったとき、チャイムが鳴った。
長い一日が始まる。
結局、ユキは来ずに、触れられることもなかった。
ちなみに、トシオは3時間目の途中にガムを噛みながらやってきた。心から、つまらない奴だと思う。
放課後、演劇部の教室に行ってみることにした。
演劇部があるなんて聞いたことがなかったけど、雨だから屋上にも行けないし、帰宅部の僕には良い時間つぶしになりそうだ。
それに、彼女のことが少し気になった。
しかし、こんなところでやっているのか?この1年間、来たことがないぞ。
ここは、旧校舎の地下室。学校の物置になっているところだ。
だから、ほとんどだれも立ち入らない。
中に入ってみると、様々な学校の備品が置かれていた。
体育祭や文化祭の機材もこんなところに置いてあったのか。
あと、見知らぬ女の子の肖像画も飾られていた。
正直、怖い。
なんだ、人がいる気配がしないじゃないか。
何とも、騙されたような気分になって、出ていこうとしたその時、入り口のところに驚いた様子で立っている女性がいた。
ユキだ。
「・・・本当に来てくれたんだ。」
と、いきなり満面の笑みを浮かべ、僕の両手を掴んだ。
「ありがとう!ユウヤ君!」
「・・・う、うん。」
また、圧倒されてしまった。
「え?一人なの?」
思わず大きな声を出してしまった。
「びっくりしたぁ。そんなに驚く?」
「ご、ごめん。一人芝居ってこと?どうやって活動していたの?」
「質問が多いなぁ。」
と、僕のことをおかしそうに笑う。
それに対して、何ともたまらなく恥ずかしい気持ちになった。
「もうこれからは、1人じゃないから、一人芝居ではなくなるね!」
「え?」
「活動は、今まで色々脚本書いてみたから、読んでみてほしい!来て!」
ユキは、僕の腕を掴み、倉庫の奥に引っ張った。
そこには、一つの机があり、鉛筆と消しゴム、沢山の消しゴムのカスが散らばっていた。
そして、その上にユキの書いた脚本がいくつも積み重なっていた。
「ごめんね、汚くて。私、いっぱい時間があるから、たくさん書いちゃった。」
「これ全部君が?」
「もう、ユキだって。」
「・・・ユキさんが。」
「同い年なんだし、呼び捨てにしよ!ユウヤ!」
この子は何度僕のことを恥ずかしがらせるのだろう。
自分の顔が赤くなっていくのがわかる。
「ユウヤ、どれやりたい?それか、ユウヤのやりたいものがあれば、提案してほしい!」
いや、僕は何を浮かれていたんだ?僕はもう演技なんてしないことを決めたんだ。
「・・・ご、ごめん。帰る。」
「え?」
僕は、振り返ることなく、歩き出した。
追ってくる音はしない。
一人でこんなところにこもっているんだ。ショックだろう。
でも、僕にはもう演技ができないんだ。
母親の顔が過ぎる。
酔っ払っている姿、色んな男が家にやってきて楽しそうにしている姿、僕に厳しく叱る姿、そして・・・・。
救急車のサイレンの音でハッと目が覚めた。
気づけば僕は雨の中屋上にいた。
傘もさしていないからびしょ濡れだ。
「・・・帰ろう。」
家に帰ってからも、ユキのことが頭から離れなかった。
トキを見つめながら、色々考えてしまった。
後悔?わからない。でも、どうしても悲しんでいるユキの姿が思い浮かぶ。
いやいや、自分のことを棚に上げすぎか。今まで一人でやってきたんだ。きっと、これからも・・・。
人と関わる事をやめてから、こんなに人のことを考えたのは初めてかもしれない。
「なあ、トキ、僕はどうするべきだったと思う?」
トキは、少し出していた顔を、知らないよ!と言わんばかりにひっこめてしまった。
明日、謝りに行こうかな。と思った。
<続く>
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