見出し画像

生活の質第一スパルタkaigo7

63年間続けた仕事をやめてから転がるように老人化、ボケが加速する母を、スパルタ介護する話。
                                               
認知症ではなく老人性うつという診断だった母。遠慮なく自立した生活を維持する方向へ振り切れる!と改めて厳しく。

泣き出したり、激昂したりと忙しい毎日の母、定期検診の日が来た。
コルセットを取りたい母と、まだ装着してて欲しい私の攻防がはじまる。
相変わらず、予約時間とは??という待ち時間を経て、対峙する主治医は「副作用もないようだし経過もいいから注射続けて、あとはかかりつけの病院に任せるから通ってください」とのこと。
母は難しいことはわからん!の態度で、聞きたいことはコルセットとっても良いか否か。のみ。
早速切り出す。
「コルセットはどうですかいね」
「うーん。不安ならしといてもいいし。暑いから取っててもいいよ。様子みて」
「いいですかいね!」
途端に気色ばむ母、身を乗り出す。
釘をさす私「様子みてでしょ。痛かったらしとくのよ。」と被せる。
「うーん。前の簡単なやつはしといてもいいかな。様子みて。」
「よかったわぁ。もうコレが嫌で。」
もうとってもいいことになってる母の脳内に不安がよぎり、もう少しキツく言ってくれてもいいのに先生も。と心で文句を言う。
それでここからが謎な行動なのだが「先生、これここで引き取ってください」と憎々しげに言い出した。オーダーで作ったコルセットをここで作った訳でもない病院になぜ引き取ってもらおうとするのか。慌てて「まだ痛くなったらするんだから、それにここに置いていく訳にはいかないよ。処分してくれるわけないじゃないんだから。」
先生も目の前のやり取りにポカーンとしてる。
「まァつけるなり外すなり好きにしていいけど、ここでは引き取らんよ。」
当たり前である。
なおも母は「そげかね。いやもう要らんと思ってここで引き取らんのかね」若干キレている。いや、何に対してぇ???
「いや、もういいからお母さん。失礼するよ。」
コルセットを持って早々に引き上げる。

こういう所がこの人のいけないところでもあり、いいところ(?)でもある。
自分の都合のいいように物事を進めていくのだ。立場が弱い人は従ってしまうし誰かれ構わず噛み付いてしまう時があり、ハラハラする。思えばこの激情に翻弄される私の人生だった。
揉めるくらいなら自分が損したり引っ込んだりした方がマシ、という私のマインド概ねこの人の激しさに巻き込まれめんどくさい目にあうことが多かったからだと思う。とはいえ、自分の欲望を通すために勉強して、情報を取りに行く貪欲な姿勢は見習いたいし、すごいなと認めているところだ。

病院から帰ってしばらくすると「やっばり痛くなってきたな。コルセットするか。」
唖然呆然。
さっきのやり取りはなんだったのか。「呆れた。だから言ったのに。怖いのはまた同じような骨折してしまうことだよ。嫌だろうとなんだろうとコルセットまだしてて。ほんと、突然引き取ってくれとか言い出してビックリしたわ。」
「そげん、要らんと思ったけん。引き取らんかね!」
「なんで引き取ることになってんのよ。なんで病院がコルセット処分しなくちゃいけないのさ。」
私に怒られてしょんぼりとしている。
それ以後、不安だとコルセット、普段はサポーターを装着して日常生活を送るようになった。
物忘れが、鬱っぽいのと不安からくる老人性のものであったことで、私もあまり慌てなくなった。言えば思い出すのが分かっているから。しかし疲れやすくなり横になっていることが増え、意欲がなくなってしまったことが気がかりだった。
カフェにでも、と誘ってもまた折れると嫌だからと断られる。
散歩は外が暑すぎて(猛暑)無理だ。
このまま意欲が無くなって、楽しい老後とは程遠い生活になっていくのが次の問題だった。
まだ暑い夏真っ盛り、花火が今年も開催される。我が家は山の頂きにあるので遠くの花火がよく見える。今年は家での花火に誘ってみようか。
母は私たち家族が帰ってきて住むようになってから、時間帯が合わないからと店舗に自宅を移した。西側にある母の部屋はベッドの上に客布団も合わせてのせ、使わない家具の上にカバーをして、部屋自体を使わなくなっている。そこのバルコニーから花火を見ることになるから、掃除をしてエアコンの効きを確かめ、テーブルにクロスを引いて準備をした。
花火を観ながら、うなぎとしゃれこもう。デザートには桃を用意して。なんて、いろいろ考えてウキウキしながら。
ここまでして「また折れるといけんけん、行かん。」とか言われたらガッカリだけど。
「花火うちで見んかね?」
「いいね。久しぶりに見てみたいな。」
心配したお断りはなく、色良い返事だった。
当日、準備万端で迎えに行くと楽しみにしていた様子で、ご機嫌だった。

水郷祭

この状態を維持して緩やかにボケて行ってくれるといいのだけれど。そのためには張合いをつくってあげなきゃな。
そこで思いついたことがある。
花嫁道具として喪服一式をを持たせて貰ったが、一度も使用することなく今まで来ている。母は以前、自分の時には来て欲しいと言っていた。
着付けは一応できるのだけれど、やらないと忘れる。また、着付けの特訓してもらおうか。
自分の葬儀のときに上手く着れるように特訓するのもおかしな話だけれど、母から教わった着付けをここぞ、という時に出来なかったら、それこそガッカリなのではないかと思う。
「着付け教えてよ。」
「もうだめだわね。」
「いや、手を出さなくていいから指示だけでさ。」
「ほんならやってみるか」
少しその気になってた。
年寄りには役割が必要だ。

相変わらず、「泣かない!」「はい、自分でやって!」と厳しいし、はたから見たら虐待と言われても仕方ない言葉遣いだけど母の希望するように元気に老後を過ごせるように厳しく行くつもりだ。
老人化に加速度がかかって慌てた半年間だったけれど、いろいろ体制が整えられて良かったように思う。
頭がしっかりしてるうちにやらなきゃならないことが山積みだ。

自分の記憶が曖昧にならないうちにと書き始めたスパルタ介護日記も一旦終わりにしておこうと思う。
ちなみに今、コルセットは厳重に包まれて戸袋に封印されている。

#介護
#認知症
#母





いいなと思ったら応援しよう!

はくさい
ちょっと寂しいみんなに😢

この記事が参加している募集