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病と向き合う人々のサンクチュアリ -Maggie’s Center Ep.2-

前回記事:Our Second Home -Maggie’s Center Ep.1-
        


腫瘍内科医であり、マギーズ・センター専門家諮問委員会委員長でもあるボブ・レオナード教授は次のように語っている。

「がん専門医として、がんの診断に伴うさまざまな困難が過小評価できないことを知っています。がんが心にあたえる傷は身体への影響と同様に大きなものです。マギーズ・センターは私たちの仕事の自然な延長線上で人々を支援しています。がんと共に生きる人にとってマギーズが提供するサービスは大変重要な役割を果たしています。」

英国内外にあるマギーズ・センターは、いずれもがん専門病院の敷地内もしくはその近くに立地しています。それは、がんと共に生きる人、その家族や友人たちが抱えきれない思いの中で一人では気持ちや考えをうまく整理できないとき、病院からの帰り道に思い立てばいつでも気軽に立ち寄れるためだ。そして心理面だけでなく様々な社会的サポートを無料で提供してくれる。利用者は、カウンセリングで看護師や心理士と対話することができ、栄養・運動などに関するプログラムが受けられる。また、仕事や子育て、助成金や医療制度の活用についてなど生活にまつわる様々なことも相談することができる。

マギーズ・センターは、病院での患者という役まわりでもなく、仕事場や自宅でのがんになる以前の自分の姿でもなく、病気を抱えてしまっただけの本来の自分をそのまま受けいれてくれる居場所であり、もう一つの我が家のような存在なのだ。

同じ経験をしてきた人とお茶を飲みながら話をしてもいいし、話したくなければ読書したり、リラックスするだけでもいい。このように利用目的を強制されない緩さ、自由な時間が、利用者にとって居心地の良い環境を作り、自然と悩みや不安から心身を解放してくれる。

一流の建築家により設計されたマギーズ・センターは、あたたかく、優しく、気軽な雰囲気が漂う。大きな窓からは光が溢れ、オープンスペースの中心には訪れた人たちが皆で集える大きなキッチンテーブルが置かれています。ストレスの多い病院とのやりとりや予約や治療への橋渡しの場としても機能し、時には過剰な心配が重荷となる家族や友人から少しの間距離を置ける場所にもなる。

マギーの想いを具現化した建築空間、マギーズ・センターが、がんに影響を受けた人々の心にどのように作用するのだろうか。

デザインのもつ求心力と発信力

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Maggie’s Fife by Zaha Hadid© HÉLÈNE BINET, CHRIS GASCOIGNE


建築界のノーベル賞と称されるプリツカー賞を受賞したフランク・ゲーリーやザハ・ハディドといった名だたる建築家がマギーズ・センターの設計に携わっている。マギーズ・センターの建築的特徴に内観と外観のギャップがあげられる。居心地の良さ、親しみやすさ、安らぎを追求した建築要件を満たしつつ、建築家のオリジナリティが自由に表現された独創的な外観で、人々を惹きつける建築物に仕上がっているところにある。

2006年に竣工した英国カーカルディにあるマギーズ・ファイフ(Maggie’s Fife)は、実現不可能に思える斬新なアイデアとアーティスティックなデッサンから「アンビルドの女王」と呼ばれた建築家、ザハ・ハディドが手がけたセンターである。幻となった東京2020のメインスタジアム、新国立競技場の完成イメージは記憶に新しいのではないだろうか。マギーズ・ファイフは、窪地とビクトリア病院の駐車場に隣接して立地している。駐車場から徐々に立ち上がり折れ曲がった外壁は、利用者を喧噪から離し内部空間へと導く。カーカルディが炭鉱の町だったことからひらめいたという漆黒の外観は、鋭利な彫刻のようにアーティステッィクだ。少し建築に詳しい人ならザハの建築であると一見して分かるように、彼女のスタイルが突き通されていると言ってもいいだろう。その外観とは対照的に、真っ白で曲線的な室内は長いピンク色のソファやグリーンのクッションが配された明るく柔らかな印象のインテリア。壁面や天井に点在する、クッキー型でくり抜かれたような三角窓やトップライトからの光により、明るく心躍るような空間になっている。また、あえて室内の調度品のデザインを統一せず、異なるタイプの椅子や家具が配置されている。来訪者はその日の気分や健康状態でくつろぎ方も変えられるようにとの細やかな配慮がなされている。キッチンエリアを中心にリラクゼーションルームなどが併設された回遊性のある空間となっている。

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Maggie’s Fife by Zaha Hadid© HÉLÈNE BINET


マギーズ・センターの空間にある居心地の良さは、抽象的な感覚に頼り切るのではなく、明確で意図的な建築やデザイン理論にもとづいている。

マギーズ・ファイフについて「病院で治療を受けた後に、再び家庭的なスケールの環境に戻るためのバッファー」とザハ・ハディドは語っている。この言葉からも、病院と家をつなぐ空間をイメージして設計したことがよく分かる。

そして、「環境が個人の幸福を高めるのに、どれほど有意義に役立つかをマギーズによって理解しました。」とも語っている。

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Maggie’s Dundee by Frank Gehry©Archdaily


ビルバオ・グッゲンハイムを代表とするデコンストラクション建築で有名な現代建築の巨匠、フランク・ゲーリーもマギーズ・センターを手がけた建築家の一人だ。2003年に竣工したニューウェルズ病院敷地内にあるマギーズ・ダンディー(Maggie’s Dundee)は、街や海を見渡せる丘の上に建っている。正面からは内部空間を包み込むような曲面の壁と波打つ屋根によって一軒家のようにも見えるが、建物の裏側に回ると、塔のようにもプリミティブな教会のようにも見える表情の変わる建築物だ。芝生の上には、敷石で幾何学的でまるでナスカの地上絵のような不思議な模様を描いた庭が広がっている。

エントランスは屋根のダイナミズムと、天窓や一面にある大きなガラス製の引き戸により、屋外と屋内をつなぐ開放的な空間となっている。奥に進むと壁一面をぐるりと囲んだ書棚のある図書エリアやキッチンエリアもある。開放的なエントランスやキッチンエリアに対して、カウンセリングルームやリラクセーションルームの開口は小さく、静かで落ち着いた場所になっている。センターはニューウェルズ病院の医療従事者との連携を密にとっており、医療者はもちろん、病院から紹介されて来訪する人がとても多い。

マギーズ・ダンディーから10年後、フランク・ゲーリーは2013年にオープンしたマギーズ香港 (Maggie’s Hong Kong)の建築設計も手がけている。その際、彼はこう語っている。

「マギーは明るくて陽気で開放的で楽しくて気まぐれで、ものすごく頭が良かった。彼女は本当にクリエイティブな精神の持ち主で、健全な好奇心を持ち、色々なことに挑戦していました。ある意味、私は彼女を見習ったのです。

この建物は、地域の活性化につながるような、そして患者さんにとって居心地の良い建物であってほしいと願っています。

また、中国の建築様式やモチーフに敬意を表しています。それらの模倣ではなく、それらに敬意を払った建物であることを望んでいます。

センターを設計している時に私は娘を亡くしました。しかし、それを乗り越えて心を癒し、敬意を払い、希望に満ちたものを作りたいと願っています。希望は常にある、行き止まりではないのです。」

日本からも建築家の黒川紀章がマギーズ・センターのプロジェクトに参加している。黒川は、古くからの友人である建築家チャールズ・ジェンクスの妻・マギーの熱心な活動に感銘し、センターの設計をボランティアで行なった。しかし黒川はセンターの完成を待たずして2007年にこの世を去ってしまったが、サウスウェストウェールズのスワンジー湾を望む高台の木立に隣接して建つこのセンターは、設計完了後2年以上の歳月をかけて寄付金を集め、2011年12月に無事オープンした。 デザインコンセプトについて黒川は、「地中から腕を振り回しながら現れた宇宙の渦を表している。」と語っている。強い生命力を象徴する「宇宙の渦」は、静かに佇むセンターを中心に両腕を広げ、その一方から来客を迎え入れ、もう一方の木・石・水などで構成された和風の庭のある瞑想空間へと導くようだ。 「マギーと私が共感した宇宙へのつながり、東西のつながり、二つの主題がこのデザインの中にある。彼女もきっと気に入るだろう。」と語っていた黒川は、マギーズ・スワンジーのスケッチと共に、亡きマギーに一片の詩を贈っている。

“A life is a small universe. A universe is a great life. We can always communicate with a universe of great life.”

名だたる建築家が手がけたマギーズ・センターの建築は、英国内外の数々の建築賞を受賞している。それはマギーズの活動を世界中の人々が知るきっかけにもつながっている。


www.maggiescentres.org

参考文献:「Frank Gehry-designed Maggie’s Centre opens in Hong Kong」Emilie Chalcraft
Illustration: Dayoung Cho
Text: Riko

Medium account:https://medium.com/@maisond
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